リンク相互記念SS
Endearment 」 Novel 「約束?」より

『俺のために』

「今日も、その……、ごちそうさまでした。おいしかった」

紗奈とつきあえてから、学校がある日は欠かさずに俺が作っている弁当。
学校は違っても、ほとんど同じ時間に、俺が作った弁当を紗奈が食べている。
そう思うだけで、今はすっげぇ嬉しい。
少しだけ欲張れば、一緒に食べたいとは思うけれど。
榊とその彼女のように、目の前で食べたいとは思うけれど。
でもそれを望むことは無理だもんな。
俺と紗奈は、学校が違うんだから。

遠慮がちに俺を見る紗奈に笑う。
いつも『大変だからいいよ』という紗奈に気にされないように笑いかける。
料理をすることが楽しみになることなんて、考えたことがなかった。
考えたのは紗奈を好きになった瞬間だったかもしれない。
紗奈を失ってからはまた、そんな考えを封じ込めていた。

やっと好きな人に、この腕をふるえる。
やっと好きな人が、俺の作ったものを食べてくれる。
それだけで幸せでたまらないんだ。

いつもの待ち合わせの場所。

朝もそうだけれど、帰りも同じ場所で待ち合わせしてる。
ここでずっと紗奈を見つめていた。紗奈にずっと片思いをしていた。
今度はカレカノとしての時間をゆっくりと築いている。
お互いの気持ちを知った上で、同じ場所に立っている。



朝も思ったけれど、今日の紗奈はなんとなく荷物が多い気がする。
ジャージが入った体育用のバッグと、テストが近いからか詰め込んでいるような学生鞄。
それ以外にもうひとつ、鞄を持っていた。
朝、代わりにその大荷物を持とうとしたら。
ものすっごいイキオイで首を振ったものだから、今も紗奈が持っている荷物は大量になっている。
朝はふたつだったけれど、どうにか縮めたのかな。
ジャージの入ったバッグがぱんぱんになってはいる。
朝見たもうひとつの鞄は見えない。

荷物が多いから、早速弁当用の保冷バッグを受け取ろうとする。
一瞬紗奈のその目が泳いだけれど、でも素直にそれを差し出した。

あれ?

その目が泳いだ理由がなんとなくわかった。
いつもより、重い。
洗うからそのままでいいと言っているけれど、それにしても、いつもより重量がある。
もしかして食べられないものとか、嫌いなものとか、入れちゃった?
でもおいしかったって言ったんだし。
おもいきり重量を感じるわけじゃない。朝よりは軽いけれど。
もしかして、食べきれなかった?
もしかして、多すぎた?

受け取ったものの何も言わない紗奈に対して、どうすればいいのかわからなくなった。
弁当を作ること、つまり紗奈に料理することは毎日の楽しみのひとつ。
栄養価的なものも考えるけれど、俺自身嫌いなものはどうしても避けてしまう。
だから紗奈の嫌いなものも、ちゃんと知りたいと思っている。
食べるのを皆無にできるとは思わないけどさ、できるだけ回数を減らしたいと思うんだよ。
代替で済むものなら、それでどうにかしたい。
せっかく好きな人に、俺は料理をしてるんだから。

「紗奈。嫌いなもの、ある?」

紗奈を見下ろすと、その目がぽかんとしてそれからすぐに首を振った。

「嫌いなもの……。な、何かな。すぐには思いつかないけど」
「……なら、いいんだけど」

まだカレカノになって期間が短いから?
紗奈はすべてを正直には言わない。そして俺も、どこか紗奈のことを伺っている。
なんだか遠慮がちだ。
お互いに自然な関係になりたいんだけどな。
この期間の短さが、まだそこまでには至らせてくれないんだ。
でも俺は紗奈が好き。紗奈は俺が好き。
遠慮していても、まだ距離があっても、それは少しずつ消えていくものだと思っている。
少しずつ、もっと関係が深まっていくものだと思っている。

だって俺は、紗奈と別れるつもりなんかないから。


*****


紗奈の最寄りの駅で手を振って別れたあと、すぐに明日の弁当の中身を考えてスーパーに寄った。
保冷バッグの中身が気になってたまらないけれど。
嫌いなものがないという以上、よくわからない。
もう飴はいいよと言ったけれど、飴、入ってるのかな。
俺が好きでしてることなのに、紗奈が遠慮する。紗奈が後退る。
そんなこと、俺は望んでいないんだけどな。
ただ紗奈と繋がりを持っていたいだけで、紗奈には俺がいるとわからせたいだけで。
俺の存在を間接的にでもわからせる方法の、ひとつなんだけどな。

明日の弁当は何にしよう。何なら紗奈は喜んでくれるだろう。

そう考えることが楽しい。
冷凍食品コーナーへ寄って、こんなおかずもあるのか、こんなのもいいかとヒントにするのも楽しい。
俺だけが食べるんじゃないから、そんなことまで気にしてしまう。
紗奈がおいしく食べてくれればいい。
紗奈が俺の作ったものに味覚が合ってしまうように。
俺の作ったものしか食べないように。
それくらいにまでなってほしいと思うんだ。

『おいしい』

そう笑ってくれた紗奈に、俺は恋をしたのだから。


*****


保冷できる弁当箱は2組4つ。
それをローテーションして使っている。
緑が好きだという紗奈には、グリーンベースの弁当箱。
俺はというと赤だったり、青だったり、定まっていない。

自分の弁当箱を洗ったあと、その重さのある紗奈の弁当箱に覚悟を決めた。
何かが残っているのなら、それを覚えておこう。
それは紗奈は食べられないのだと。
それは紗奈は、実は嫌いなのだと。
そう、覚えておこう。

意を決してファスナーを開ける。
おかず用、ご飯用、汁もの用容器、そのどれをとってもなんとなく重い。

どれも?

全部?



「あ」

汁もののふたを開けると、そこにはクリーム色の、カスタードプディングが入っていた。
上に生クリームとチェリーがのっている。

「これ……」

おかずのそれを開けると、今度はチョコレートブラウニーが。
ご飯のそれを開けると、2色のクッキーが入っていた。

「これ、紗奈が?」

確かめるように呟いた。
かあっと身体が熱くなる。
いつも俺が弁当を作って、紗奈に食べてもらえるだけで嬉しかったけれど。
それだけで幸せなんだけれど。

今日は紗奈が、俺のために、こんなに作ってくれたんだ。

もう嬉しくて、舞いあがって何度もそれを眺めた。
何度も容器をぐるぐる見渡して、穴が開くほど見つめて、勝手に笑顔が漏れた。
マジで嬉しい。すっげぇ嬉しい。
紗奈の手作りだってわかる。
紗奈が俺のために、作ってくれたんだとわかる。

慎重にクッキーとチョコレートブラウニーを取り出したあと、どうしてもとっておくことができないカスタードプディングだけは、そのまま部屋に持って戻ることにした。
はっきり言って食べるのがもったいない。
ずっとこのまま眺めていたい。
あ、写真撮ろう。しっかり記録しておこう。
紗奈が俺のために作ってくれた第1回記念。
これから何度もあるとしても、これがはじめての、紗奈が俺のために作ってくれたものなんだ。


紗奈が、俺に。
俺の、ために。


だから荷物が多かったんだ。
澄瀞だって女子は調理実習、あるもんな。
男も3年になったらあるらしいけど。
北高に通う紗奈に調理実習があっても不思議じゃない。
だから目を泳がせて、俺に弁当箱を返してくれたんだ。

汁もの用容器と、取り分けたお菓子を別において、入れ物を洗った。
作るのも嬉しいけれど、作ってくれるのも嬉しい。
好きな子がそうしてくれるって、こんな気持ちなんだ。

何度も受けた告白。
何度も作って持ってこられた手作りのお菓子。
本当に俺を好きだった女の子たちは、そんな気持ちでお菓子を作ったんだろうか。
俺が食べることを考えて、それを想像して。
そして紗奈も、そんな気持ちで作ってくれたんだろうか。

紗奈とつきあえて、やっとわかったことがたくさんある。
写真のことも、告白も、このお菓子もそうだ。
好きな人のためにすることが、自分の満足感を増幅させる。
それが報われるかどうかは別として、心の中が舞いあがるんだ。


*****


「紗奈。ありがとう。おいしかった。すっげぇ嬉しい」

いつもよりも声が弾んでいる。
この嬉しさをかくそうとは思わない。
舞いあがってることを、喜んでいることをそのまま紗奈に伝える。
また何度も作ってほしいな。
俺に叶わないとか思わずに、俺の方がおいしいからとか、上手だからとか言わずに。
紗奈の作ったものが、また食べられたら、嬉しいと思う。

まだカスタードプディングしか食べていない。
他はもったいなくてまだ口に入れられない。
でも食べ物だもんな。食べないわけにはいかないよな。
毎日ひとつずつ、紗奈が作ってくれたことを思いだして食べるのだろう。
紗奈が俺の彼女だと実感しながら、食べるのだろう。
幸せに浸りながら、一口一口、味わうことが今でも想像できる。

『ま、まずくないと、いいんだけど。遥、甘いもの、苦手だったかな……って』
「紗奈が作ったものならどんなものでも大丈夫」
『それはないよー。遥みたいに上手じゃないもん』

電話の先の紗奈が、なんとなく照れたように言う。
入試の時にトレードしたお弁当のおかず。
確かに紗奈にあげた方が多かったけど、すっげぇおいしかった。
たぶん味覚が合ってるんだよな。少しも違和感を感じないんだ。
最初から紗奈の舌が俺の舌に合ってるんだと思う。
味覚のすり合わせをする必要が、ないんだと思う。

『ちょっと甘いものばかり、だったかな……って』
「お菓子の調理実習だったの?」
『オーブンを使って、が課題だったんだ。だからケーキ作った子もいるよ』
「へぇ」

こういうとき、勇気を出して告白してよかったと思う。
紗奈が俺の彼女になって、俺が紗奈の彼氏になって無関係じゃなくなった。
見ているだけでは絶対にできなかったことが、叶うようになったから。

向こうで紗奈がくすくすと笑った。
その笑いに瞬いて、何を言い出すのか耳を澄ます。

『彼氏に料理を作るって、特に調理実習でするって、すっごい照れるね』
「……」
『みんながみんな彼氏がいるわけじゃなけど、すごく嬉しそうでね』
「……」
『言わないけど、わかるんだ』

美加ちゃんも、留実ちゃんも、そんな顔をしていたのかもしれない。
そして紗奈も、今言うようにすごく嬉しそうな顔をして、お菓子を作っていたのかもしれない。
俺が紗奈のことを考えて弁当を作っているように、紗奈も俺のことを考えていたのかもしれない。
そう思うだけで、やっぱり身体が熱くなる。


「紗奈」
『はい?』
「今度、エプロンしてるのも見せてね」
『う……』

まだ見られていない紗奈の私服。でも必ず見ることになる紗奈の私服。
きっとこれからたくさん、制服以外の紗奈の姿も見ることになるんだけど。
エプロンをしている紗奈も、すっげぇ可愛いんだと思う。
その姿が変わるたびに、ますます惚れ込むんだと思う。

『え、エプロン?』
「うん。……楽しみ」

時々そんなサプライズがあってもいいな。
紗奈が俺に料理してくれる。
好きでやっていることだから、気にしてはいないけれど。
でもなんとなく、紗奈に愛されていると思えるんだ。

「紗奈……。好き」

いつもの電話を切る前に紗奈に向ける言葉。
今日はひときわ甘く囁いた。
いつもよりも嬉しくて、今日は特別に嬉しくて。
紗奈が作ってくれたお菓子以上に、甘い自分を感じた。

『うん』

照れたように紗奈が答えてくれる。
いつも答えてくれる。
俺は紗奈のために、紗奈は俺のために。
料理をすることもそのまま、当然になっていくんだ。

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