お詫びSS
Endearment 」 Novel 「約束?」より

『いっぱい』



嬉しそうにチョコレートを湯煎している美加を見る。
にこにこしながら玉子を割っている留美を見る。
そして私は、ただひたすら薄力粉を篩っていた。

『オーブンを使った料理』

それが今日の調理実習の課題だったわけだけれど。
どういうわけか選んだのはお菓子ばかり。
向こうのグループはスポンジケーキを、さらに向こうではラザニアを作っている。
なんとなく作りたいと思う料理がそれぞれのグループで違ってて笑えてしまう。
どういうわけか、私も美加も留美も即、お菓子に決定した。
でもちょっと多いかな、と思うんだよね。
クッキーが2種類でしょ。それにカスタードプディング。チョコレートブラウニー。
どうみてもオーブンの面積が足らなくて、カスタードプディングは蒸し器をつかうことに
なってしまった。
作っているのは3人だけど、要するにそれぞれの彼氏の分も作っていることになるよね。

「あーっ」

いきなり声がして瞬いた。

「さーちゃん。前見て前」
「あっ。きゃ……」

ふたりを見てたからおもいきり視線が外れていた。
篩っていた薄力粉がボウルから盛大に外れて粉が舞っている。

「ごめーん。うわぁ、まっしろ」
「あはははは」

慌ててボウルに視線を戻した。
そしてとにかく目を外すまいとそれを見つめて、また篩をかけ始めた。


今日は体育があって、あとは2時間の調理実習。ほとんど授業らしい授業はない。
でもその代わり、すっごく荷物が多かった。
体育のジャージが入っているスポーツバッグにも入れてきたけれど、それでもいつもより
倍増し以上の嵩になっていた。
それに気がついた遥はすぐに荷物を持とうとしてくれたけれど、おもいっきり断っちゃっ
たんだ。
大丈夫、もてるからいいよって。
そうしたら遥は瞬いて、なんとなく傷ついた顔をしてた。
怒りはしなかったけれど、朝の笑顔を沈ませてしまった気がする。
私の好きな笑顔を、曇らせてしまった気がする。
でも荷物を持ってもらって、今日のことに気がつかれたくなかったんだ。
美加や留美のように、調理実習があることを彼氏たちがすぐに知れるわけじゃない。
いつもおいしいお弁当を作ってくれる遥をちょっと驚かせたい、って思うんだ。
すばらしい、めまいがするほど芸術的なお弁当を作ってくれる遥には遠く及ばない。
応用力はないけれど、一応基本的にはできると思う。変なことをしないのなら。
手の込んだものを作ることはできないけれど、至って基本ならできるはず。

喜んでくれたらいいな。
おいしいって言ってもらいたいな。

いつも私が遥に言うだけ。私の言葉に遥が嬉しそうに笑うだけ。
私だって言ってもらう側に、たまにはなりたいよ。
遥に『おいしい』って言ってもらって、嬉しくなって笑いたいよ。
そう思うんだけど、なんとなく自信がない。
もちろんあげるつもりだけれど、事前に知ってはほしくなかったんだ。

「ハルくんってさー、お菓子も作るの?」
「……え?」

篩の手を止めて留美に瞬いた。
いつもお弁当は作ってくれるけど、確かにお菓子は食べたことない。
でもそれってお弁当箱があれだから、って気もする。

「ハルくん、甘いもの好き? 基は実は苦手なんだよねー」
「そうなの?」
「男の子って甘いもの苦手、嫌い、多いじゃん。尚也くんは別だけど」

美加に向いて笑った留美に私も笑った。

「尚也くんは甘いもの、好きだよね」

帰りに美加と一緒にジャンボパフェをほおばるくらいだから。
たいやきとかあんまんとか、どこそこのスイーツが好き、というのも聞いている。
私が知ってるのはそれってやっぱり、さりげない惚気、なんだろうなぁ。
そう考えて、なんとなくにやついた。

「私が作ったんだからって食べさせちゃうけど。ハルくんはどうかなぁ」

留美の言葉に神妙に頷いた。
そういえばそうなんだよね。
一緒に帰り際、食べることもあるけれど好き嫌いはよくわからない。
コーヒーも紅茶もストレートだし。
一緒にいて食べるのはスイーツじゃなくて軽食だし。

「あれでお菓子まで作れたら完璧だよねー」
「うん……」
「澄瀞の生徒会長で特待生で、容姿もいけてて料理上手。もうほとんど完璧じゃん」
「理想の男だよねぇ。ほんと」
「まぁ、ね」

惚気ていいのかごまかした方がいいのかわからなくなった。
彼氏に対してそう言ってもらえることは嬉しいけれど、その彼女が私なんだもん。
素直に受け取れない何かを感じてしまう。

ほとんど、というより完璧だと思うよ。
歌うのが苦手だと言ったって、歌う用なんてそんなにないし。
言わなければわからないもんね。

今でも遥が私の彼氏だということが、やっぱり信じられなくなる。
その完璧な遥が私を好きだということが、わからなくなる。
至って普通の、特別さは何ももたない女の子なのに。
遥は私を好きになって、ずっと私を見ていてくれた。

「特待生だからエリート街道まっしぐらだし、最強だよね。彼氏にしたら」

最強というか最凶というか。向かうところ敵なし?
普通ならそんな遥に近づくことなんてできない気がする。
やっとのこと近づいても蹴散らして行っちゃいそうな気がする。
その蹴散らした軌跡を私はただ、立ち尽くして見ていることになるのかもしれない。

「さーちゃん?」

美加の声に瞬いて、ただボウルに薄力粉がたまっていくのを見ていた。
ううん、見てない。
ぼんやりとそれを見ていただけ。頭の中は遥のことを考えてた。

「あ。わかんない。遥、甘いもの、どうなのかな……」

そこらへんはリサーチ不足なのかもしれない。
張りきって作っても、甘いもの嫌いだったらどうしよう。
食べられない、食べたくないと突っ返されたらどうしよう。
告白していた女の子たちの手作りのお菓子を断ってたんだから、その可能性もあるんだ。
それに私は思い当たらなかった。
本当に舞い上がって、確かめることをしなかった。

「初々しいなぁ。ねぇ。留美」
「うん」

私よりももう数ヶ月カレカノとしての期間の長い美加。
でもつきあうまでの友達としての関係は、やっぱり長かった。
中学の同級生だった基くんとつきあっている留美は、もっと互いを知ってるんだ。
私と遥はまだ、そこまでにはなれてない。
遥はもう私を当然のように紗奈と呼ぶけど、まだ私はそれに慣れてないくらいなんだ。
まだ遥、ということに違和感がある。
呼んでもらいたいと言われても、どこか喉でそれがつっかえてしまう。

美加と留美が目を合わせて笑った。

「さーちゃんの作ったのだけは、何でも食べそうな気がするんだよねー」
「はは。だけってことはないよ」
「やっぱ彼女の手作りだし、もし嫌いなものがあってもさぁ」
「うぅん」
「きっと喜んでくれるんじゃないかなぁ」

美加も留美もそれを疑ってなんていない。
きっともう前例を作っているからだと思う。彼氏がそうなんだと思う。
留美も美加も、彼氏のことを知っているからだと思う。
気にせずに楽しみそうに笑ってるのはそうなんだと思う。
でも私と遥は、それだけの期間を築いていない。

ちょっとへこんでしまうと、玉子を割っていたその手を止めて留美が肩を叩いた。

「愛情は料理のスパイスだっ。そんな顔しないのっ。愛情いっぱい注げばおいしくなるん
 だから。いくらハルくんが料理上手でも、私たちが勝てそうになくても。全員が彼氏に
 向けて、愛情を入れるんだから」
「は。はぃぃ」

気圧されて返事をすると、みんなで笑い出した。
他のグループにまで聞こえたらしく、くすくす笑い出した。
みんなじゃないけど、そんな気がするなぁ。
愛情ばかりじゃないけど、楽しさとか想いとか、そういうのが入るような気がするなぁ。
彼氏にあげる子、友達にあげる子、自分で食べちゃう子。
いると思うけど、調理実習の時はみんななんだか楽しそうに思えるんだよね。

みんなでひとしきり笑って、また目の前のことに集中し始める。
私も気合いをいれなおした。
また留美は玉子を割り始める。
美加は湯煎したチョコレートの温度を測り始めた。
そして私も、そろそろ薄力粉を篩い終える。



「愛情いっぱいか……」

美加も留美もにこにこしてる。すごく嬉しそう。
そして私も沈んじゃいられないって、なんとなく思った。
彼女になったんだから。私は遥の彼女なんだから。
あんな風に断ることはないよね。怖い顔で突っ返されることはないよね。
もし苦手でも、ひとつくらいは食べてくれるよね。

私も遥に『おいしい』って言ってもらいたい。
私も遥のおなかを満たすものを、作りたい。
好きな人にお菓子を作るって、料理を作るってこんな気持ちなんだ。
どきどきして、不安で、でもなんだかわくわくして。

きっと渡すときはどきどきしてると思う。
口に合わないかな、まずくないかなって不安になるんだと思う。
自信を持って作ったんだとは、きっと言えないけれど。
お弁当箱の中に入れちゃうんだから、遥が気がつくのは家に帰った後だもん。
そしたらどんな食べ方をされても、最悪食べられなくて処分されても、わからないよね。

でもきっと遥は、食べてくれる。
きっと喜んでくれる。
遥自身が料理をするのだから、そのうれしさとどきどきを知っているはずなんだ。
だから大丈夫。

でも本当に大丈夫、かな?


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