素材御礼SS 「 Endearment 」 Novel 「約束?」より |
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『蝉』 「やだやだやだ。ぜってぇ、どーしてもやだっ」 声をはりあげてその大きな身体が柱にしがみついている。 見かけと行動があまりにも一致してない。 その様子を見て笑っていいのか宥めればいいのか困った。 笑っちゃいたいんだけど、笑っちゃったらいけないよねぇ? いつも遥はかっこいい。澄瀞の制服がすごく似合っていて涼しげで決まってる。 むしろ決まりすぎてて欠点が見つからないんだけどね。 完璧すぎて私が困っちゃうくらいなんだけどね。 でも今はただ、私の手をぎゅうっと握って、もう片方の手は柱にしがみついている。 もうがっちりっていうくらい。 通りかかる人たちが、私たちの様子をぽかんとして見る。 不特定多数の人たちが、立ち止まりはしないけれど私たちの様子を見ていく。 いつもよりも目立っていると思う。 そして私だけじゃなくて、取り囲まれてるんだ。 留美と美加と、尚也くんと基くん。 初めてトリプルデートしてから何度か、みんなの都合のいいときに集合している。 遥ひとりだけ制服が違うけれど、尚也くんとも基くんともうちとけてるんだよね。 構えてないからもあると思う。 そして遥が嫉妬しないからもあると思う。 それぞれ大好きな彼女がいることを、遥は知っているから。 「ハルぅ」 「ぜってぇぜってぇやだ」 尚也くんの甘えた声と、それを振り払う遥の声。 美加も留美も困りながらもくすくす笑っている。 遥は蝉みたいに柱に貼りついて、ちっとも剥がれようとしない。 それどころかかぎ爪でも出しそうに、粘着テープでもついているかのようにぴったりと、 しっかりとしがみついている。 「なぁ。天気わりぃじゃん。だからさぁ」 「いやだっつーの」 遥蝉は同じ言葉を何度も答えた。 高校生カップルができるデートなんて限られている。 ご飯を食べるとか、図書館とか、本屋さんとか。 ウインドーショッピングしたり、ゲーセンに行ったりショッピングしたり。 そして遥がここまで意固地になって嫌だと言いづける。 それはただひとつ、それしかなかった。 「ぜってぇやだっ。やだっつーの」 「ハルぅぅ」 「おだてても宥めても怒っても無駄だかんな。俺行かねーかんな」 遥がここまでいやがるもの。いつもの遥じゃないくらいに駄々をこねるもの。 遥がここまでになるものは、それしかない。 そう。カラオケ。 果てしなくどきっぱり言い放つ遥に、尚也くんも基くんも困った顔を向けた。 私にそんな顔向けられたってだめだよ。 遥がそれほど嫌だというものを、勧めたらいけないじゃん。 「何もハルに歌えって言ってるんじゃないんだしさぁ」 久々だからカラオケでもしようか、となった。 留美も美加も頷いた。 そして私も頷きかけたけれどそこで、遥が思いっきり拒絶した。 一瞬忘れてたんだよね。 遥が、カラオケは絶対に行かない。そう言ったことを。 絶対行かねー。何があっても行かねー。 そう一番最初のトリプルデートの時に言ったことを、すっかり忘れていた。 私の彼氏になったかっこいい遥が、ほとんど悲鳴に近い状態でべそをかいている。 嫌そうに、不安そうに、怒ったように。 もうすべてをひっくるめていろんな表情をして、遥がいやがっている。 柱にしがみついて、緊張した汗で私の手の平までもが汗ばむ。 本当に、いやなんだ。 本当に、行きたくないんだ。 「ただなんか食って飲んでりゃいーじゃん」 「そういってなし崩しに歌わせるんだろ」 遥がいやいやと首を振る。 眼鏡の奥の不安そうな、嫌そうな悲しそうな目をした遥を見つめていた。 カラオケ、行きたいけれどでも、遥がいやなら行かない方がいいよね。 そんなにいやなら、やめたほうがいいよね。 「もと……」 ごめんね。カラオケは遥、いやだそうだから行けない。 そう口を開こうとした。 だって遥が行きたくないのに行ったって楽しくないもの。 遥が楽しくないのに一緒に行ったって、不安になってしまうだけだもの。 「紗奈に笑われるのはいやなんだよ。好きな子に笑われるのだけは、いやなんだよ」 苦しそうな遥の声を聞いて瞬いた。 音痴だ、みんなに笑われる、とは聞いたけれど。 そんなにひどいの? そんなにいつもの遥のイメージからかけ離れているの? でも笑うはず、ないじゃん。 人間ひとつやふたつ不得手があった方がいいし、その方が安心できるもの。 でもそんなにいやなんだ。 やっぱりいやなんだ。 「紗奈にはかっこいい彼氏でいてーんだよ」 握られている手の力が強まる。 こんなにいやがっているのに私の手は離さない。 むしろ柱と同じくらいに強くしがみついて、やだやだと駄々をこね続ける。 遥蝉はまわりなど意識せずに、ただやだやだやだと鳴いている。 やっぱり蝉だ。蝉みたい。まちがいなく蝉だ。 「歌わなくていいっつーてんだろが」 「そう言いながらみんな1曲くらいって歌わせんだよ。それがいやなんだよ」 それは経験からきているものなんだと思う。 ひとりで好きなように歌うことを遥が嫌ってるんじゃない。 ただ音痴だと馬鹿にされることを、想像できなかったと笑われることを気にしてる。 確かに遥が音痴って想像できないよ。 その低くて甘い声で、すばらしいハーモニーなんて奏でてくれちゃったら。 それこそたくさんの女の子が堕ちているよね。 「だからぜってぇいかねー。ぜってぇやだ。行くなら、帰る」 「あのなぁ。今まではそうだったかもしれねーけどさ、信用しろよ。俺たちを」 尚也くんが疲れたように遥をずっと説得してる。 そこに時々基くんも加わって、遥の頑固さを少しずつ緩めていってる。 忍耐力あるなぁ。粘ってるなぁ。 しばらく説得してだめだったら、あきらめちゃうと思うのに。 ご飯を食べるトリプルデートもした。 ゲーセンも行ったし、ボーリングも行った。 あと高校生がそれなりにできるデートって、もう考えられないんだ。 尚也くんが私を見てにやりと笑った。 いやがってる遥は決して尚也くんとも基くんとも視線を合わせない。 だから遥はその笑顔に気がついていないんだ。 私は尚也くんの笑った意味がわからなくてぽかんとする。 「さーちゃんの美声、聞きたいだろー?」 「う」 「ハルの可愛い彼女の歌声、聞きたいだろー?」 遥にとって甘い蜜? それは悪魔のささやき? 尚也くんが誘惑する。基くんが同意する。 美加と留美が笑いながらうんうんと頷いている。 「うっとりするくらいの恋の歌を、さーちゃんがハルの顔見て歌ってくれるよぉ?」 「ハルくんがますます好きになるくらい」 「ハルくんがうっとりするくらい」 「想いを込めて歌ってくれるよぉ?」 美加と留美まで遥の説得に加わった。 多勢に無勢というか、もう私はどうしていいかわからなくなってしまった。 遥が嫌だというのに加わるわけにもいかないから。 でもそこまでいやがってるんだから。 でもそんなにいやそうなんだから。 ちょっと。 そんなエサに釣られるほど、遥の拒絶は甘くな……。 「行きます」 「ぶっ」 柱にしがみついていた手がぱらりと外れた。 あれほど必死に貼りついていたのに、あっさりと外れた。 いきなり180度方向性が変わった遥の返答に、みんなで噴き出した。 遥が私を見る。私も遥を見上げて困って乾いた笑いを向けた。 「紗奈の歌、聞きたい。……でもぜってぇ歌わねーかんな」 みんなでげらげらと思いっきり笑い転げている。 基くんなんてお腹抱えてるし、美加なんて目を拭ってるよ。 でも私も、あまりにも極端に変わったので唖然としながら噴き出した。 そんな遥が好きだなぁ。 そんな遥が、すごく可愛い。 「その、私。普通だよ。至って」 「……でも、さ」 本当は行きたくないはずだ。本当はいやなはずなのに。 どんな声を、遥は期待しているというのだか。 でもやだやだと駄々をこねていた遥の手が、柱から外れたことは事実。 私の歌声という誘惑に負けたことは事実。 「俺にぜってぇ歌えって言わねーよな?」 しっかりと確かめるように言い放った遥に、尚也くんも基くんも頷いた。 「一生恨まれそうだもんな。適当に食って飲んで、俺たちの歌に酔いしれてろ」 「正確には紗奈の声にだけれどね」 ずっと笑いながら遥を見上げると、その目は困っているように見えた。 嫌なのに、私のそれには誘惑されちゃうんだ。 嫌なのに、私の歌は聴きたいんだ。 さっきまで蝉になって、その柱に貼りついて、剥がせなかったのに。 「遥」 「ん?」 言ったら気を悪くするかな。不機嫌になるかな。 でもかっこいい遥の、いつもと違う行動。 すべてに涼しげで隙がない遥の、子供っぽい仕草。 少しだけかかとを持ち上げて、遥の耳元で呟いた。 遥だけに、聞こえるように。 「今の、可愛かった」 「かわい……?」 ぽかんと私を見つめた遥に、素直に笑う。 そんな自然な遥も好きだな。 彼氏が彼女にいつでもかっこいいと思ってもらいたいって気持ちもわかる。 私だって遥に、いつでも可愛いと思っていてもらいたいから。 でももう少し踏み込んで、遥の言うかっこわるいところも、情けないところもみたい。 自然体の、彼女にだけ見せる本当の遥を知りたいと思うんだ。 知っていける嬉しさと、そういう位置にいる自分になんとなく舞い上がれるから。 「やだやだ駄々をこねてる遥が、可愛かった。蝉みたいだったけれどね」 しっかりホールドして離さない小動物のような。 それこそこの季節、蝉を思い描いてしまったけれど。 そんな遥が、すごく可愛いと思えた。 どんな状態でいたのか思い出したんだと思う。 遥は顔を赤くして目を泳がせて、すごく恥ずかしそうに笑った。 そんな仕草さえも可愛くて、なんだか嬉しい。 「マジで? あんなのが?」 「かっこいい遥はもちろんいいけれど、可愛い遥も、好きだよ」 素直にそう言う。 遥はますます嬉しそうな顔になって、私の手をしっかりと握りしめた。 美加と尚也くん、留美と基くん、4人の後ろからついていく。 置いて行かれないように、一定の距離を保ってついて行く。 行きたくないと意固地にいやがった遥が、私のために動くんだ。 「歌っちゃおうかな……。紗奈が、喜んでくれるなら」 「え?」 微かに呟いたその声に顔を上げると、遥ははっとしたように首を振った。 「やっぱなし。歌わねー。紗奈に涙流して笑われるのだけはやだ」 「涙?」 「笑ってくれるなら本望だけど、やっぱやだ」 そこまで言うのなら、きっと驚くくらいなのかもしれない。 目を丸くするくらい、想像以上に音痴なのかもしれない。 でも笑っちゃうことは、ないと思うんだけどな。 でも間違って、遥を傷つけることはしたくないんだ。 「もし遥に歌えってきたら、私が歌うから」 「ん?」 「でもたぶん、基くんも尚也くんもそんなことは言わないよ。私の親友の彼氏だもん」 置いてかれそうになっていることに気づいて、少し足を速めた。 4人の塊に合流していく。 私たちの足音に気がついたのか、4人は振り向かずに遥に話しかけた。 「ハルはさーちゃんをずっと見てろよ。冷やかし要員だからな。ひゅーひゅーしろよな」 「拍手ももちろんね」 「歌えないなら踊れ」 「踊れないなら舞え」 遥が目を丸くする。そしてやっぱり同じように噴き出して笑った。 歌わされないことに安心したいみたい。 嬉しそうにずっとくすくす笑っている。 「それって……、難易度高すぎじゃね?」 次々と言うみんなの言葉に遥はまだ笑いながら答えた。 いつも険しい顔だった遥が笑っている。それに釣られて私も笑った。 制服がひとりだけ違うけれど、カレカノとしてはまだまだ新米だけれど。 トリプルデートの中に溶け込んでいる。 そう思えるんだ。 可愛い遥はきっと、私しか見られないものなのかもしれない。 そしてこれからずっともっと、知っていくのかもしれない。 かっこいいだけじゃないいろんな遥を。 そして私も。 遥にとって嫌な部分も、気に入らない部分も知られていく。 それでもずっと好きでいてくれたら、いられたらと、ただ思うんだ。 |
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