Bands of brotherhood - 信也 編 -


 最近、涼雄が変わった。
 いつもは、あんまり表情を崩さない奴なのに、最近ふとした瞬間に優しい笑みを浮かべるようになった。
 カメラマン達が、涼雄の表情の変化に驚いていたのを何度も耳にした。
 涼雄は、今までのつくり笑いのような笑顔ではなく、撮影のスタッフ全員を虜にするような魅力的な微笑を浮かべるようになっていた。
 スタッフの一人が、彼が誰かに恋しているんじゃないかとか、恋人ができたんじゃないかと、冗談交じりに話していたのを聞いた。
 そういえば以前、好きな子がいるとか居ないとか言っていなかったか?
 好奇心が、うずき涼雄から聞き出すべく、俺は撮影が終わるとあいつの控え室へ向かった。

「おぉい、涼雄いるか?」 
 一応声をかけてから奴の控え室のドアを開ける。
 涼雄は、控え室の机の上で昼飯の弁当を食べていた。
「ん? めずらしいな、お前が手作り弁当を持ってくるなんて」
 どう見ても市販の弁当と違う、重箱弁当を見て俺はそう言った。
 今まで、撮影現場はおろか、学校にさえ手作りの弁当など持ってきたことがない奴なのだ。
 これを見て確信する。
 こいつ彼女ができやがった、と。
「もしかして、彼女の手作り弁当か?」 
 確認半分、からかい半分で聞くと、「そうだ」と、隠しもせずに涼雄はあっさり肯定した。
「マジかよ……」
 からかう気満々できたのにその気をそがれてしまった。
 ふと、奴の弁当に視線がいった。
 どこかでみたことのあるおかずが入った弁当だ。
「なぁ、その弁当、俺の弁当と似てないか?」
 疑問に思ったことを聞くと、涼雄は怪訝そうな顔をして、
「似てるも何も、お前聞いていないのか?」
 そう逆に聞き返してきた。
「なにを?」
 思い当たることがなく、訳がわからず、俺は逆に聞き返す。
「何って……」
 そこでなにをおもったのか、涼雄は言葉を切った。
「何だよ、言いかけてやめるなよ」
 訝しがりながら俺は奴にそう先を促した。
 涼雄は少し、考えるそぶりをしながら、
「……沙織から何も聞いてないのか?」
 と、少しためらったようにそう奴は言った。
「沙織?」
 意外な名前が出てきた。
 沙織は、俺の上の妹だ。
 ここ数年まともに顔をあわせることも会話をすることがなかったと思い起こされる。
 俺が何のことやらわからず首をかしげていると、
「おまえ、まさか知らないのか?」
 そう訝しげに、奴が俺に聞いてくる。
「なんなんだよ、さっきから。訳がわからん」
 要領の得ない会話に苛立ちが募る。
「お前がいつも食べている弁当、沙織が作っていることを知らないのか?」
 涼雄は重ねるように俺にそう言った。
「え?」
 その言葉にしばし思考が止まる。
「ちょっとまて、それってどういうことだ?」
 止まった思考中、それだけをようやく口に出してつぶやく。
 てっきりいつも家政婦が、作ってくれていると思っていた弁当。
 とてもうまくて、俺の楽しみの一つだ。
「お前が、今までうまいといって食べていた弁当は、全部、沙織の手作りだ」
 駄目押しのようにもう一度、涼雄はそう言った。
「その驚きを見ると、お前何にも知らないんだな? 実の妹のことなのに」
 その涼雄の言葉がなぜか胸に刺さった。
 仕事の関係上、生活リズムが違うことから沙織とは滅多に会うことがない。
「その様子じゃ、今のあいつの姿も思い浮かべることもできないだろう?」
 呆れた口調でそう言われて、沙織の姿を思い出そうとしたが、浮かんだのは小6の時の姿だけだ。
 そのことに愕然とする。
 涼雄のため息が聞こえた。
「なんとなく、沙織の寂しそうな顔の理由がわかった」
 と、一人納得するようにそう言うと、食べ終わったのか重箱の蓋を閉めながらそう言った。
「信也、お前沙織ともう少し会話したほうがいいぞ」
 そう忠告めいた事をおれに言うと、涼雄は席を立った。
「ちょ、っちょっとまて。何でお前がそんなに詳しく沙織のこと知っているんだよ?」
 最初の衝撃から立ち直り、ふと浮かんだ疑問を聞くと、
「なぜって、本人から直接聞いたから」
 と、答えが返ってくる。
「直接って、お前俺よりあいつとの接点なんかないじゃないか?」
 さらに浮かぶ疑問をぶつける。
「呆れた……、そこまで知らないとは正直俺も思わなかった」
 心底呆れ顔で、涼雄はそう答え、
「その分じゃ、沙織が今年から俺達と同じ高校に通い始めたとか、あいつがお前の家の家事全般を全てこなしていることなんて知らないんだろう?」
 少し責める口調で俺の知らない妹の現状を話す涼雄。
 全てが初耳だった。
「まぁ、沙織も俺達の通っている学校のこと知らなかったみたいだから、なんとなく想像はついていたが」
 さらにため息をつきながら涼雄は言葉を重ねる。
「なんで、いつ沙織に会った? いつの間にそんなに親しい間柄になったんだよ?」
 なんだか俺以上に沙織のことに詳しい涼雄に悔しく思いながらそう聞くと、
「なんでって、俺、沙織と今年の春から付き合いはじめたから」
 こともなげにそう涼しい顔で涼雄がそう言った。
「えぇ?!」
 初耳どころではない。
 こいつ、いつの間に人様の妹に手出してんだ
 と、なぜかそう思っている自分に気づく。
 今の今まで沙織のことなんて忘れていたくせに。
 妙に悔しいような、許せないような感情が渦巻く。
「お前ら、本当に会話がなさすぎだ。今度、ゆっくり話したらどうだ?」
 言い知れない感情をもてあましている俺にそう助言をしながら涼雄は重箱を布巾で丁寧に包み青い弁当袋に押し込んだ。
 その袋と私物のウエストボーチを手に取ると涼雄は、部屋を出るため控え室の入り口に向かって歩き出す。
「あ、そうだ。お前おどろくなよ、信也? 沙織ものすごく可愛いく成長してるから」
 と、惚気めいた台詞をはきながら、涼雄は控え室から出て行った。

 その夜、躊躇いがちに沙織の部屋のドアをノックした。
 すると、直ぐドアが開いた。
「信也兄さん、どうしたの?」
 ドアが開いたとき当然目に入ると思っていた妹が、見当たらないことに気づいて訝しげに思っていた矢先にそう声がかかった。
 声はずいぶん下のほうからした。
 目線を下にさげると、そこに妹は居た。
 俺の妹とは思えないほどの背の低さ。
 それよりも、だ。
 あの時の涼雄の言ったことがわかり、俺に衝撃を与えた。
 確かに、これは可愛い。
 ものすごく可愛い。
 涼雄の惚気がうなづける。
 背が低くなければ下手なモデルより可愛い。
 下の妹の詩織は、可愛いというより美少女的綺麗さだ。
 しかし、下手するとあいつより可愛い。
「兄さん?」 
 沙織が、心配げにそう俺に声をかけてくる。
 その声で俺は、我に返る。
「あ、いや、その、な」
 なんとか会話をしようと声を出そうとするが歯切れの悪い声しか出ない。
「あのな、その、ごめんな?」
 とりあえず、謝罪の言葉は出すことができた。
「なんで兄さんがあやまるの?」
 沙織は、訳がわからないというような表情で首をかしげた。
「今日な、その、涼雄に聞いたんだ」
 そう切り出して、
「いままでずっと、お前が弁当とか家のこととかしててくれたんだってな」
 そう続けて、
「俺、まったく知らなくて。今日、涼雄にそのこと指摘されて気づいてショック受けて、お前のこと知らないうちに孤立させてしまってた。だから、今までごめんな?」
 一気にそう言って謝罪すると、沙織は俯いた。
「兄さん達が、仕事で忙しいこと知ってるから。兄さんが、あやまることはないんだよ? 私もやりたくて家事とかしているだけだから」
 なんてことない風に装ってそう沙織が言った。
 まるで、俺の謝罪を受け入れないように。
 俺と沙織の間に、見えない壁を感じた。
 ものすごい後悔が押し寄せる。
 長年放置していた、ことが悔やまれる。
「兄さん、明日も朝から撮影あるんでしょ? そろそろ、寝たほうがいいよ。私も明日、学校だからもう寝るね」
 そう言って、小さく俺に「おやすみなさい」といって沙織は、部屋のドアを閉めた。
 ものすごいショックだ。
 自分の部屋に戻って、沙織に言われたように寝ようとベッドに入っても、あまりのショックで眠るどころではない。
 小さい頃は、詩織と同じように俺を慕ってくれていた。
 その関係はずっと不変なものだと思っていた。
 それがどうだ、何年か会うこともなかった妹が突然とてつもなく可愛く成長していて、昔のように仲良く接したいと思った矢先に、知らないうちに目の前に壁を作られてしまっていた。
 それは、自業自得だが。
 沙織の間にある壁を取り除くためにも、なんとかまた話をしてみようと心に決めて、俺は眠るために目を閉じた。

 朝、起きて台所に行くと、いつものようにダイニングテーブルの上に3つ弁当箱が置かれていた。
 ふと、リビングにある窓の外を見るとちょうど沙織が、学校へ行くために外にある鉄門を開けるところだった。
 よく見ると、門の向こう側に涼雄がいた。
 沙織は、嬉しそうに涼雄に朝の挨拶だろうか声をかけて弁当袋を手渡していた。
 涼雄はものすごく幸せそうな微笑みを浮かべながらその弁当袋を受けとっている。
 その様子に、嫉妬を覚える。
 お門違いなのは十分解っているのだが、面白くない。
 妹をとられたようで悔しかった。
 実際、とられたのだが。
 とりあえず、現状を知ってしまったのだから、今までのようには振舞えない。
 今後、何とか沙織と長時間会話を持つことを目標にして妹との和解を図ろうと決意を新たにする。

 あんな、可愛い妹を涼雄の独り占めにさせてなるものか

 俺の本音はそこにあった。


 ‐完‐


2008/07/14 題名微改名


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