Cellular phone


「沙織、お前の携帯の番号とメルアドおしえてくれないか?」
 ある日の朝、いつものように一緒に登校しているとき、涼雄が沙織にそう聞いてきた。
「あ、えっと、あの、私ね、携帯持ってないの」
 ちょっと困り顔でそう沙織が答えた。
「え? いまどき珍しいな」
 驚いた顔をして涼雄は、沙織を見下ろした。
「じゃあ、今日学校終わったら携帯買いに行こう。 俺、プレゼントするよ」
 そう、さらりと涼雄は提案する。
「え、え? だ、だめだよ、携帯電話って高いでしょ? それに私通話料出すほどのお小遣いが……」
 あわてて、沙織は、そう断りの言葉を並べる。
「沙織は、携帯電話持ちたくないの? 俺といつでも気兼ねなく通話やメールしたいとおもわない?」
 そう、沙織が、断れなくなるような事を並べて涼雄はそう聞いてきた。
「え、あ、そ、それは、私だって、涼くんと気兼ねなくお話したい」
 最後は、顔を真っ赤にして消え入るような声でそう沙織は答えた。
「じゃ、決まり。 携帯本体は、俺が買う。 俺も沙織専用の携帯ほしかったから、おそろいの機種にしような」
 決定とばかりにそう言い、嬉しそうな涼雄の顔を見たら、断ることなどもう沙織にはできない。
「携帯電話の契約はSBフォンにするから。 基本料とか、通話料とかそういうのあんまり気にしなくていい」
 そう特定の携帯電話会社の社名を涼雄は言った。
「SBフォン? それってよくあの宣伝でかわいい白くまが出る?」
 最近テレビのCMで話題になっている喋る白くまで有名なコマーシャルを沙織は思い出す。
「そそ、そこ。 あそこ学割があって、基本料金を青春プランにすれば月770円で済む上、朝6時〜夜11時まで同じ機種間で通話料無料で、HLメール使えばメール料も無料。 それなら、沙織も大丈夫だろ金銭的に」
 そう詳しく携帯の契約内容を説明する涼雄。
「涼くん、なんだかすごく詳しいんだね」
 驚いた声で、感心した様子で沙織はそう涼雄に言うと、
「ああ、俺の仕事用の携帯、そこで契約しているから」
 制服のブレザーの内ポケからコンパクトな深い藍色の携帯を取り出す。
「うわ? その携帯すごく薄いんだね」
 想像していたよりかなり薄い携帯をみて沙織は再び驚き顔になる。
「最近、この形が出始めたんだよ。 これだけ薄ければ軽いから持ち運びも便利なんだ」
 携帯を内ポケにしまいながらそう涼雄は説明して、
「じゃ、今日の帰りSBフォンショップに行こうな」
そう言って、涼雄は沙織に極上の笑みを見せた。

「うわ〜、色んなのがあるね。 あ、これ可愛いね」
 沢山飾られた、色とりどりのサンプル携帯を一つ一つみながら沙織はそう感嘆の声を上げる。
「沙織? 決まった?」
 ある機種のサンプル携帯の前で止まったまま動かない沙織に気づき、涼雄は近づきながらそう聞くと、
「涼くん、これいいなっておもうんだけれども、どうかな?」
 おずおずと躊躇いながらそう沙織は目の前の携帯をみてそう聞いてきた。
 涼雄が目線をおとしてサンプル携帯を見る。
 そこには、スカイブルー色と、ベイビーピンク色の『彼氏彼女のペア携帯』と銘打たれた携帯が2体置かれていた。
 デザインは、薄型携帯で折りたたみ式、余計な飾りがなくシンプルだ。
「沙織これがいいの?」
 そう涼雄が確認すると、
「うん、涼くんがいいなら私は、これがいい」
 そういって沙織は涼雄を仰ぎ見た。
「じゃ、これにしよう」
 満面の笑みを浮かべた涼雄は、この携帯で契約すべく沙織と一緒に契約カウンターに歩み寄った。

 Telllll ... ... Tellllll ... ...
 沙織が、今日買ってもらったばかりの携帯の説明書を一生懸命読んでいると着信音が鳴った。
 あわてて通話ボタンを押す。
「も、もしもし?」
 少し慌てた声で沙織は、電話に出る。
『沙織』
 電話のスピーカーから出る涼雄の声は、素で聞く声より何か艶めいた声に聞こえる。
 沙織はその声で半分腰砕けになりそうになりながら電話を取り落とさないようにしっかり持ち直す。
「涼く、ん、……涼くんのスピーカー越しの声って、危険だよぅ」
 ちょっと涙声で、赤面しながら沙織はそう、非難する。
『それいったら、沙織の声もかなり危険だ。 俺、我慢できなくなりそう』
 何か耐えるような声でそう涼雄が言った。
「涼くん、今度から寝る前だけにお電話しよう。 なんだか身が持ちそうにない」
 情けないような気持ちになりながら沙織がそう言うと、
『そうだな、夜の挨拶とどうしても声聞きたいときだけにしておこう。 それ以外はメールにしておく』
 涼雄も、沙織の意見に同意して、そう提案した。
「うん、じゃ、涼くん、おやすみなさい」
 気持ちを込めてそう沙織が涼雄に言うと、
『ああ、おやすみ、沙織』
 甘い声で涼雄の返事が返ってきたところで通話は終了した。

 pi...pi... pipipi
 通話が終わってから数分後、今度はメールの着信音がなった。
 メールの送信相手はもちろん涼雄。

― 沙織、また明日な おやすみ 愛している 

 その文面を見て沙織は耳まで真っ赤になる。
 しばらく、じたばたした後、携帯のメール送信するための画面を立ち上げる。
 なれない手つきで沙織はメールを打つ。

― 涼くん 明日の朝、また会えることが待ちどうしいです
  おやすみなさい 私も涼くんのこと愛している

 沙織は、自分で打っていて恥ずかしくなってくる文面を何とか涼雄に返信する。
 携帯越しの交流だが、実際対面している時と変わらないくらいドキドキすることに沙織は気づく。
 沙織は、そのドキドキがおさまらなく、その夜はなかなか寝付けなかった。


 −完−


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