Her part-time job ?


[2]

 『後悔先に立たず』とはこのことなのかな?
 二人に『ウェルカムドール』のペアデティをプレゼントしたのは後悔していないのだけれどもやはりちょっと心の隅で後悔していた。

 考え付く限りの断る理由を並べ立て、私は精いっぱい無理だと断った。
 けれど、結局、最終的に華音さんと琳香さんの二人に押し切られてしまった。
 最終的に首を縦に振ってしまったのは心のどこかでやってみたいと思ったからなのかな。
 そう、今では思う。
 このとき、例の企画の新ブランドをお披露目をする為のブライダルショー用のパンフレットにその特典テディを載せる写真が必要で、今から製作しなければ印刷に間に合わないらしい。
 テディベアだけの作家なら何人か当てはあるらしいのだけれどもその作家さん達は、本当にテディベアだけしか作らないうえに例え作れても衣装や装飾品まで作るための時間がどうしても足りないと言っていた。
 華音さんと琳香さんの部署に居るスタッフは少人数でそちらに割ける人材がどうしても確保できないので、今回の写真用の衣装だけいいからと、私に作ってほしいとのことなのだ。
 流石に『Sari's Teddy』そのものを出すことは出来ないということは華音さんも琳香さんも暗黙の了解で解ってくれていたので「衣装だけでいいから!」と必死にお願いされて思わず了承してしまったのだけれども。
 はっきりって、まったく自信がない。
 自分が素人というのも自覚している。
 けれど、自信が無いのだけれどもやってみたい、試してみたいと言う気持ちも確かに自分の中にあったから。
 私は、最終的に自分の意思で了承した。

 話がまとまった所で私は、華音さん達の仕事場に案内されて、スタッフさん達に紹介された。
 概ねほとんどの人が、歓迎してくれたのだけれども何人かは訝しがるような表情をしていた人たちも確かにいた。
 けれど、華音さんが自慢げに私がプレゼントした『ウェルカムドール』を見せると表情を一変させた。
 目を皿のようにして観察するスタッフさん達。
 十分に観察したあと、一糸乱れぬ動作で真剣な視線を私に向けたてきた。
 はっきり言って、ものすごく怖くて顔を引きつらせてしまったことを今でも覚えている。
 そのあと、琳香さん同様、いえ、それ以上に質問攻めにあったことは言うまでもない。
 やっと、それから解放されたのは外が薄暗くなったころだった。
 にこにこ顔の人、感涙する人、叱咤激励してくれた人、半狂乱で喜ぶ人、等。
 さまざまな顔に見送られて、私は今日は家に帰ることになった。
 バイトは、次の日からで制作は先ほどまでいた華音さんのアトリエで行うのでテディのドレスができるまで通うことになる。
 とりあえず、電話で今となっては、ほとんど保護者となっている千治さんにバイトをすることになった経緯と詳細を説明すると、快く了承してくれた。
 その日の夜は、とっても興奮してなかなか寝付けなかった。
 緊張や不安はあったけれど、一番占めていて寝付けない理由は楽しみという思いで一杯になっていたから。
 わくわくしながら、眠りに就いたことはきっと忘れることはないと思う。

 次の日から、私のバイトは始まった。
 一日目は、撮影用のテディの衣装のラフ画とテディの寸法表を見せてもらい、型紙を起こすことから始まった。
 型紙自体は何度も作ったことがあったし、以前から華音さんや琳香さんにいろいろ聞いていたのでそれほど時間が掛からずできたと思う。
 テディを作る作家さんはプロだから寸法表通りに制作してくれると思うけれど念のため調整用に縫い代は多めに取っておいた。
 アトリエの隅にスペースをもらって見たこともないような上等の生地を目の前にドキドキした。
 裁断する時が一番緊張する。
 慎重に、ゆっくり丁寧に裁断していく。
 二体分の布をすべて裁断した頃には、すでに日が落ちかけていた。
 まだ未成年の私は、長時間バイトすることができない。
 進行具合は、早いのか遅いのかわからないけれど今日の作業はここまでで終わりにしなければならなかった。
 華音さんが見当たらなかったから琳香さんに帰ることを伝えると、「どこまで進んだ?」と聞かれたので正直に進行具合を話すと、とっても驚かれた。
 琳香さん曰く、「普通、型紙を作るのに一日かかる」とのこと。
 その日は、裁断した物をチェックしてもらいほかのスタッフさんにもあいさつしてからアトリエを後にした。
 
 2日目。
 縫製に取り掛かった。
 本縫いは、撮影予定日の3日前に届くというテディベアを待ってからだから取りあえず仮縫い状態なのだけれど、形を見るために布に装飾品をつけていく。
 布やレースは、もともとのドレスの余りを使っているので前回のようにレースを作ることはしなくていい見たい。
 小物のビーズアクセサリーとブーケも専門の人が作るとの事だったのでこちらも気にしなくていいとのことだった。
 仮縫いだから、手縫いで縫い合わせる。
 そんなに大きなテディの物ではないので、その日のうちに2体分の仮縫いはできてしまった。
 出来栄えを華音さんにチェックしてもらい、合格をもらうと今日はそこまでだった。
 後は、テディが来るのを待つばかりとなった。

 けれど、問題がまたもや起きてしまった。
 予定の撮影日の2日前になってもテディベアが届かないのだ。
 作者さんに問い合わせても日付指定で確かに発送したとのこと。
 運送会社さんに問い合わせても、配達は完了しているとのことだった。
 華音さん、琳香さん、華音さんのアトリエのスタッフさん、もちろん私を入れてアトリエの全員総出で、ブライダルショップ内の他のアトリエを回ったり営業部を回ったりして荷物を探す羽目になった。
 それが、見つかったのは太陽が西に沈むころだった。
 営業部の荷物納品クロークの中に紛れてあった。
 どうやら宛名がここの名前だけだった為と中身がテディベアだったのでここで式を挙げるお客さんの取り寄せ品だと思ったらしく受け取った人が営業部に回してしまったとのことだった。
 取りあえず見つかって全員でホッとする。
 帰る前に、テディベアに衣装を着せてみると運よくピッタリだったので残りの1日で何とか本縫いが出来そうだった。
 
 撮影日前日。
 何事もなく本縫いが、終わり届いていたアクセサリーを身に着かせて完成となった。
 その完成した物を見て私は、その場にへたり込んでしまった。
 内心間に合うかどうかドキドキだったのだ。
 華音さん、琳香さん、スタッフさん達に「おつかれ様」と、笑顔で言われた時は、なぜだか泣きそうになった。

 撮影日当日。
 私も撮影現場に同行させてもらえた。
 といっても、場所は同じブライダルショップ内なのだけれども。
 本当にここは、結婚式に対して何から何まで揃っているところなのだとつくづく思う。
 式場、大小様々な披露宴会場、撮影所、エステ、衣装、宿泊施設。
 総合ブライダルショップだけれども、ものすごい敷地面積にすべて揃っているから。
 撮影も順調に進み、終了した。
 これで、私の臨時のバイトは終了した。
 ドキドキわくわくしたひと時だった。

 その後、私は中学を卒業して。
 高校に進学した。
 桜が満開に咲く中、彼と再開して、長年の思いが届いた。

 最近よく見るようになった夢がある。
 あそこで、結婚式を挙げる人のお手伝いをすることと、あの時のテディベアのように寄り添って、大好きな人といつかあそこで式を挙げる夢を。



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