彼女の秘密 - Her secret - 沙織 side | |||
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私には、彼が知らない秘密がいくつかある。 と、言っても決してやましい事ではない。 聞かれれば簡単に打ち明けられる内容なんだけれども、彼には話してはいない。 何れは話さないといけないけれど、例え偶然知れても今の関係が壊れることはないと思ってはいる。 そういう二人の関係を壊すような内容では無い秘密。 私が、この秘密を持ったのは中学一年の春。 第二の親といっても過言ではない父の後輩夫婦が経営している喫茶店でそれは起こった。 喫茶『ふぉれすとべあ』 千治(せんじ)さんと美夜(みや)さん夫婦が経営するアットホームな喫茶店。 料理の腕がスキルアップできたのも、思春期にありがちな悩みを相談したのもこの二人。 この当時は、家に帰れば家政婦さんが居て、その人ととてもそりが合わなく、学校が終わった後その人が帰宅する時間になるまでここですごさせてもらっていた。 私の母の性格を知り尽くしている父から私のことを頼まれていたのもあるけれど、子供のいない彼らは、快く私を受け入れてくれた。それは今でも続いていて、優しく時には厳しく私を本当の娘のように接してくれている。 それでも家に帰ると一人では寂しくその寂しさを紛らわせる為に、もともと大好きなテディベア作りをし始めた。 それは、この喫茶店に通うようになって始めての美夜さんの誕生日に、手作りのテディをプレゼントしたのがきっかけだった。美夜さんは、もともと無類のテディベア好きで、ものすごく喜んでくれたうえ店内にそのテディをうれしそうに飾ってくれた。 飾ったテディは喫茶店に訪れるお客さんの評判がよく、中にはテディを見るためにわざわざ通う人や果ては売ってほしいと言い出す人までいた。 作ったものが評価され、それがとても嬉しくて、そのうち季節が変わるたびに新作のテディを作って飾るのが私の楽しみになっていた。 展示を終えたテディ(美夜さんにプレゼントしたもの以外)は、千治さん名義でネットオークションに出品してその売り上げを喫茶店の近所にある美夜さんのお姉さんが経営している私設の児童養護施設に寄付をしている。 千治さんに聞いたところ、私のテディの値段は出品するたびに凄いことになっているらしい。 どうやら、テディベア収集家の間で話題になっていてその間で白熱の落札争いになっているとかいないとか。 私は、売るために作っている訳ではないのであまりその辺のことに頓着がない。 ただ、千治さんがネットオークションに出す時のハンドルネームが『Sari』(沙織の「お」をぬかしてローマ字にしたと言っていた)ということでいつのまにか、私の作るテディが『Sari's Teddy』と呼ばれ、テディベア収集家の交流掲示板で『新品は絶対に手に入らないと言われている幻の〜』と書かれたその記事を見せてもらったときは、さすがに驚いたけれど『表情がとても暖かく〜』とか『とてもしっかりしたつくりをしている〜』とか書かれた記事を見たときは自然と顔がほころんだ。 テディベアを作り続け、幾度か季節は流れて、中学三年になる直前の春。 私は、その人と、ここ『ふぉれすとべあ』で出会った。 その日その人は、勢い良く喫茶店内へ走りこんできた。 と、思うと一直線に客席ではなく、店内に飾ってある今や私の作るテディ専用スペースに近づきなにやらしげしげと見つめていた。 丁度、卒業式シーズンだったのでテディにお手製の着物と袴を身につけさせていた。 「ちょっ! 華音(かおん)、いきなり喫茶店に入ってどうしたのよ?」 後から追いかけてきたのだろう長身で格好良いと形容するのが相応しいお姉さんが、先ほどの人の後ろに立ち声をかけた。 「見てみて、琳香(りんか)!! このテディ間違いなく『Sari's Teddy』だよ!!」 興奮した様子で、華音と呼ばれたその男の人は振り向き様満面の笑みを浮かべてそう言った。 「それに、この着せている着物と袴とてもよく出来ているよ。 すごく丁寧で、ちゃんと始末もしてある」 そう説明を受けた琳香とよばれたお姉さんもテディを見る。 「へぇ、いいね。 表情も、縫製も文句なし。 これ作った人、かなりの腕前しているね」 お姉さんもそう言って感心したようにしげしげとテディを見つめた。 「『Sari's Teddy』は、市場に一切新品が出ないんだ。 僕が見た限りこのタイプはネットオークションでは見たことが無い」 「え? ってことはこれってもしかして……」 「そう、これ、新品で尚且つ新作だよ」 ちょっと声を落としてそうお姉さんに囁いていた。 と、ここまでのやり取りをそのときカウンター内にいた千治さんとそのカウンター席で宿題をしていた私は、呆然と見ていた。 丁度、お客さんの切れる時間帯で店内には今入ってきた2人以外にお客さんは居ない。 「えっと、失礼ですが貴方がここのオーナーさんですか?」 華音と呼ばれた男の人が、カウンターに近づき千治さんに向かってそう聞いてきた。 「あ、はい。 ここの喫茶『ふぉれすとべあ』のオーナーで桐陸(きりおか)です」 千治さんは、営業スマイルを浮かべてそう答えた。 「突然で申し訳ありませんが、あの、テディの作者を知っていたら教えてもらえませんか?」 その問い合わせは、初めてで千治さんは首をかしげていた。 あのテディに関しての問い合わせはほとんど「譲ってください」とか「売ってください」なのだ。 その場合、千治さんは即答で丁重にお断りをする。 だから、千治さんはその人が声をかけてきたときにそう言うであろうと身構えていたのだが肩透かしを食らったような表情になった。 一瞬、千治さんが私に視線を送ってきたので私は、視線をそらして、「作者」を教えないでと意思表示をする。 「すみません、お客様。 個人情報にかかわることなのでお教えすることができません」 と、すこし困った顔をして千治さんはその人に答えた。 その人は、落胆したような表情を一瞬したが、 「それでは、これだけは答えてください。 ここで必ず『Sari's Teddyの新作』が展示されるんですか?」 真剣そのものの顔で彼はそう聞いてきた。 「そうですね。 その問いには、とりあえず『Yes』といっておきましょう。 ただ、それがいつ展示されるかは不定期なので」 そう千治さんはその人に答えた。 「そうですか。 わかりました。 ありがとうございます」 そういってその人は、満面の笑みを浮かべた。 話の後、二人はちゃんと飲み物と軽食をオーダーして(こちらもかなり絶賛しながら)から店を後にした。 その日を境に二人は次の週から、週に一度は初めて来店した時間帯に必ず店に来るようになった。 -完- |
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