私のせいたかくん


3.

 涼雄くんと別れたあと私は、中庭には行かず自分のクラスへと向かった。
 まだ、早い時間なので他の同級生となる人たちの姿はない。
 まだ誰もいない静まり返った教室に入る。
 席に着く前に窓を開けて外の空気を入れる。
 朝特有のすがすがしいそよ風が教室内に入り込んできた。
 とりあえず、窓側の一番前の席に座った。
 この位置は、中学の時からの定位置。
 自分の前の席に背が高い人が座ると黒板など見えないから。
 席についてほっと一息つくと先ほどのやり取りが思い出される。
 思い出して赤面する。

 涼雄くん、すごく格好よくなってた

 彼との差を感じたくない為に意図的に彼の載った雑誌を買うのをやめ、ポスターを見ないようにし始めたのは2年前。
 記憶にある、最後に見た彼の載ったファッション誌よりも数倍格好良かった。
 眼鏡をしていてもその格好よさは損なわれていない。
 あれで、眼鏡を取ったときの素顔がどうなるか想像できない。
 さらに頬が熱くなる。
 
 どうしよう、何を話せばいいんだろう?

 今日の日程の後、彼と2人で会う約束をした。
 心臓が、不必要にバクバクいってちょっと苦しい。
 もう顔を上げることが出来ずに机に突っ伏す。
 もんもんと考えていると次第に廊下が騒がしくなり何人かの同級生達が教室に入ってきた。


 簡単な朝の点呼や担任となる教師の簡単な挨拶が終わる。
 席は出席番号順だったのだが、私が一番だったので席はそのままだ。
 入学式は、思っていたほど退屈ではなく、在校生による歓迎のリクリエーションがとても楽しめた。
 最後に、生徒会長と各科の科長の挨拶があった。
 科長とはこの学園特有の役で、各科のまとめ役となる代表生徒のことだ。
 生徒会の役員の一部となるらしい。
 芸能科の科長の話のとき舞台にたったのは涼雄くんだった。
 よく通る心地いい低い声で挨拶し始める。
 出席順に座るので目の前に涼雄くんが良く見える。
 そこかしこから、感嘆のため息や、小さな歓声があがっていた。
 たしかに、遠目でも彼の容姿はかなりよく見えるだろう。
 彼の挨拶が、最後だったのでそのあと閉会の挨拶が行われて入学式は無事に閉式した。
 教室に戻ると、女の子の間で涼雄くんの話題で持ちきりだった。
 彼は、どんなジャンルで活躍しているのかとか、背が高いからモデルかもとか。
 眼鏡をした彼は、モデルの『Ryo』と結びつかなかったようだ。
「えっと、絹瀬さん?」 
 何気に、女の子達の話に耳を傾けていたとき、そう自分を呼ぶ声がした。
「え? あ、はい?」
 声をかけてきたのは、腰まであるストレートの黒髪をした和風美人という言葉があてはまるような女の子だった。
「私、友永希有(ともなが きゆう)っていうの。 これから一年よろしくね」
 そう挨拶してにっこり笑った。
 私もそれに釣られて笑うと、友永さんはもっと笑みを深くした。
「えっと、絹瀬沙織です。こちらこそよろしくです」
 私も挨拶し返す。
「教室に入ってから、ずっと貴方が気になっていたの。 もし、許してくださるのなら、貴方のこと『さおちゃん』って呼んでもいいかしら? それと、私とお友達になってくださいませんか?」
 ちょっと頭を斜めにしてお願いするようなポーズでそう彼女が聞いてくる。
「え? あ、うん、いいですよ」
 そう笑顔で了承すると、
「私のことは『きゆ』と呼んでくださいな」
 嬉しそうな声で彼女はそういい、
「えっと、『きゆちゃん』?」
 と、私がそう彼女を呼ぶと、
「そうです、是非そう呼んでくださいな」
 と、彼女は満面の笑みを浮かべてそう言い、
「よかった、さおちゃん見た時から、絶対お友達になりたいっておもってたの、これからよろしくね」
 と抱きつきそうな勢いで私の両手をとると嬉しそうに彼女はそう言った。
「うん、私こそよろしくです」
 その勢いにおされ気味に言ったところで、担任の教師が教室に入ってきた。


 オリエンテーションが、終わると今日の日程は終わり。
 本格的な授業は、明後日からだ。
 クラスの皆はそれぞれ雑談したりして教室にとどまる人が多かった。
「さおちゃんって住んでるところどこかしら? もし方向が合えば一緒に帰えりませんか?」
 希有ちゃんが、そう誘ってくれた。
「えっと、私の家はここの町から2駅先の榎木町にあるの」
 隠すこともないのでそう答えると、
「榎木町ですか、残念ですわ、方向が間逆です」
 そう言いながら彼女はても残念そうに肩を落としたが、
「じゃ、駅まで一緒に帰りませんか?」
 そう誘いなおしてきた。
「あ、えっと、ごめんね。 今日はこのあとちょっと人と会う予定があって、もし、きゆちゃんがよければ明日から一緒に帰えろ?」
 申し訳なくそうに私が言うと、
「そうですか、それなら仕方がありませんわね。 では、明日から一緒に帰りましょう」
 と、笑顔で「じゃ、また明日」と挨拶して私に向かって手を振りながら希有ちゃんは教室を出て行った。
 私も手を振り返して彼女を見送ると、机の横に掛けていた鞄とお弁当が入った袋を持って席を立った。
 涼雄くんと約束をした場所へ向かうために。


 中庭には直ぐに着いた。
 まるで西洋のお城にあるような庭園に似せて造ってあるようだ。
 中央に造形が美しい噴水があって、噴水の周りにアンティーク調のベンチが等間隔に置かれている。
 北側は校舎が面していて、反対の南側は校案内のパンフレットにものっていたバラ園が広がっていた。
 西側は温室らしきガラス張りの建物が見える。
 東側には校庭と正面玄関に続く道が続いている。
 中庭に人影はなかった。
 とりあえず噴水のベンチの一つに座って彼が来るのを待つ。
 噴水の音しか聞こえないのどかな場所。
 心地の良い春の柔らかい日差しとそよ風。
 そよ風にのってバラの良い香りがあたりに充満していた。
 これから涼雄くんと会うのに、先ほどまであんなにドキドキしていたのに、この穏やかな場所にきてからその気持ちがゆっくりと収まり、代わりに眠気が襲う。
 うとうとしかけたその時だった。
「沙織、待った?」 
 その声で、とたんに眠気が吹き飛ぶ。
 涼雄くんが、校舎側から少し駆け足で近寄ってきた。
 格好よすぎて目が離せなくて、彼の問いに首を横に振って答えるのが精一杯だ。
 私は今、取り繕うことも出来ず、顔を赤くして馬鹿みたいに惚けた顔をしているだろう。
「あれ? 沙織顔が赤いけどどうした?」
 横に座りながら、彼が私の顔を覗き込んでそう聞いてきた。
「え? あ、いえ、な、なんでもないです」
 どもりながらそう何とか答える。

 ち、近すぎるよぉ

 彼の距離が、とても近い。
 昨日までは、こんな日が来るとは思いもしなかった。
 心臓が、ドキドキうるさいぐらいに高鳴る。
 昨日まで感じていた彼との距離。
 遠かったはずのその距離が、一気に縮まった気がした。
「前から思ってたんだけど、沙織って一回も撮影現場に来たことないよな? 俺、結構お前に会うの楽しみにしてたんだけど」
 彼がちょっと考えるような表情をしたあと、少し非難するような声でそう聞いてきた。
「あ、うん。 ほら、私が現場に居ても邪魔になるだけでしょ?」
 私はちょっと苦笑いを浮かべて当たり障りのない返答をする。
「んー、まっ、いっか。 これから、ここで毎日会おうと思えばあえるしな」
 彼はそう言って、何か一人で納得してから笑顔を私に向けた。
 その眩しいほど格好よい笑顔を見て私は、また赤面する。
 多分耳まで真っ赤かだろう。
 彼の顔が見れなくて俯いてしまう。
「可愛いな、沙織。 真っ赤になってる」
 私の反応をみて彼は小さく噴出すとそう言った。
「え、だって」
 俯いたままそう言ったはいいが、私は言葉に詰まる。
「だって?」
 そう彼が、その先を促す。
「涼くん、とっても格好よくなってて、私、ドキドキしちゃって」
 と、最後は消え入りそうな声で私はそう答えた。
「それって、少しは期待してもいいってことか?」
 そうさらに私の顔を覗き込んで彼は、私の耳元でそうささやいた。
「え?」
 その声が余りにも真剣だった為、心臓の鼓動が早まる。

 ええ? それって ・・・ …

 ありえないと思いつつ期待しながら顔を上げて彼の顔を見るととても真剣な表情をしていた。
「俺、ずっと昔から沙織のことが好きだ。 今でもその気持ちは変わらない。 もし、沙織さえ良かったら俺の彼女になってくれないか?」
 ありえないことが突然に起こった。
 その告白に、一気に頭の中が白くなり思考が一瞬停止する。
「え、え? だ、だって、私なんか何も取り柄もないし、涼くんとじゃつりあいが」
 嬉しいくせに、出た言葉は、自分が彼にふさわしくないという言葉の羅列。
「そんなことは、関係ない。 俺は、沙織が沙織であればそれでいい。 他の何かなんて求めてない」
 さらに、舞い上がるような言葉をくれる。
「でも、でも」
 まだ信じられなく、私の目に涙が浮かぶ。
 うれしいのと、自分に自信がないことに対して。
「沙織は? 沙織は、俺のこと好き?」
 思考がショートする。
「わ、私。 涼く、ん、のこと、ずっと昔から、す、好きです」
 何も考えられずに、するっと口からそう言葉が出た。
 と、同時に優しく抱きしめられた。
 はじめ何が起こったかわからなかったが、彼の使うコロンの匂いと彼自身の匂いが強烈に彼を意識させる。
 抱きしめられたと気づいた時は、もう倒れそうなほどクラクラした。
「俺の彼女になってくれる?」
 耳元でそうささやかれて、私は、ゆっくり肯定するようにコクリと首を縦に振った。
 断る理由はない。
 ずっと夢見ていた。
 その夢が、今、実現したのだ。
 彼が少し体を離すと彼の顔が近づいてきた。
 反射的に目を閉じると唇に柔らかい感触が重なった。
 優しい口付け。
「今日から沙織は、俺の彼女だ」 
 そうささやいて、彼はうれしそうに私に笑顔を向けた。



2008/05/29 加筆・修正
2008/10/16 加筆・修正
2009/11/05 加筆・修正
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