黒い竜は黒瞳を愛す

05. その思い出を胸に



 彼が、去る。

 少しでも、私と離れることを寂しいと想ってくれただろうか?

 私は、見送る。

 何も言わず、いつもの笑みを浮かべ、その姿が消え行くまで。

 何もない深山に、一人きり。

 彼のいない神域に、一人きり。

 どのくらいの時を待てば彼は帰ってくるのだろうか?

 どのくらいの時が私に残されているのだろうか?

 飽くことなく彼を待ち続ける。

 年月は、幾度となく巡っては過ぎてゆく。

 七度目の秋を迎えたある小春日和。

 突然、私は動くことができなくなった。

 彼と共に過ごした褥の上で、私は静かにその時を迎えた。

 目が霞、次第に何も見えなくなる。 

 暗闇が、私を包む。

 ああ、でも怖くはない。

 その闇は、彼が司るものだから。

 彼と最後に会うことは叶わなかった。

 それは、犯した罪への罰の一つ。

 私の骸を見た彼は、少しでも悲しんでくれるだろうか?

 もう、何も考えることはできそうにない。

 それでもその間際まで、彼との掛替えのない思い出が矢次様に浮かんでは消える。

 今はもう、その思い出を胸に抱いて始原の地へ旅立とう。

 さようなら、名すら聞くことができなかった私の竜神よ。

 私の愛は未来永劫貴方のもの … …




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