- A coincidence-
『 偶 然 』 涼 雄 side


 住んでいる街の駅から2駅先にある駅。
 今日、初めて降りた駅。
 けれど、電車で乗って来た距離は通っている高校がある街の駅から数えて4駅目。
 丁度、学生の帰宅時間なので当然電車の中は混んでいる。
 久々に窮屈な電車に乗った為、降りた途端思わず伸びをしてしまった。
 改札口を出た後、取りあえず時間を潰すため駅前にあった某大手コーヒーショップに入って一息つく。
 
 今日、沙織は校外授業の一環でこの街にある保育園いる。
 芸能科はそういった授業が無いのでいつも通りの授業で終わった。
 保育園だから、担当する子によって帰る時間が異なると聞き、この校外授業の終了は沙織の場合その子の迎えが来るまでなので、その子の迎えが遅くなった場合必然的に沙織の帰りが遅くなる。
 初めて来た街で遅い時間沙織を一人にするのは心配なので迎えに来たと、言う訳。

今頃は、沙織、楽しんでいるだろうな

 ショップの窓側にあるカウンター席に座り、買ったカフェオレをゆっくり味わって飲みながら、そう思っていると自然と笑みが浮かんだ。
 沙織は、担当の子からもらった手紙をとても嬉しそうに読んでいたし、その子のために一生懸命色々作っていた。直接会える日を本当に楽しみにしていたから。
 帰りの話題はきっとその子のこと一色になるだろうと容易に予測できる。
 ほんの少し、本当に胡麻粒ほどの嫉妬をその子に覚える。
 園児に対して嫉妬するなど、馬鹿げているのだけれども、できれば夢中になるのは俺だけにして欲しいと思うのは、我儘なのだろうか。
 そんなことをつらつら考えているといつの間にか、カフェオレを飲みほしていた。
 自分の狭い器量にため息をついてから席を立つと、紙コップを店内にある備え付けのごみ箱に捨てて店を出た。
 コーヒーショップでは、あまり時間つぶしが出来なかったので、次に目に付いた本屋に入る。
 最近来る時間が取れなかったのでこれ幸いと、好きな作家の小説の新刊を物色する。
 一通り探して見ても新しいものは出ていなかったので、何気なく参考書のスペースへ足を向ける。
 今は、モデルの仕事をしているけれど、大学には行くつもりでいる。
 俺が志望する大学は、進学を念頭に置く普通科や国際科でないとまず受かるのは難しい。
 仕事の関係上塾に通うことも不可能なため大学に入るには独自に勉強をしなければならない。
 志望大学は、高一の時から決めていたので、勉強はそのころからはじめていた。
 モデル撮影の合間や移動時間、その他時間が在る時はそれなりに勉強をしている。
 元々、勉強をするのは嫌いではないから、本屋に来る時は必ず参考書があるスペースによって志望大学の入試に関係する参考書を物色する。
 この本屋の参考書スペースはかなり広かった。
 近くに学校が在るからなのかもしれないけれど、品ぞろえがかなり豊富だ。
 参考書の背表紙を目線で追っていると、ずっと探していて欲しかった参考書を見つけて手を伸ばした。
 と、同時に横からその参考書に手を伸ばした人がいた。
 あっと思い、思わず横を向くと、その手の主も俺の方を向いていた。
「あれ?」
 思わず出てしまった声。
 記憶にある、印象的な茶髪。記憶力は、良い方だ。それに、この人は沙織を助けてくれた恩人でもある。忘れようがない。
「山上さん?」
「……・真宮?」
一瞬思案するよう眉を寄せたけれど、山上さんも直ぐに俺のことを思い出したようだった。
「あの時は、本当にありがとうございました」
あの時のことは、感謝してもしきれなく、山上さんにもう一度お礼を言った。
「もういいって。 それにしても奇遇だな、おまえの家ってこの近くなのか?」
照れ隠しなのか少しぶっきら棒な口調で山上さんがそう聞いてきたので、
「いえ、家は、ここから2駅前の榎木町です。 今日、彼女が学校の校外授業の一環でこの街にある保育園に来ていて帰りが遅くなるようなので迎えに来たんです。 そこの駅が待ち合わせ場所で」
俺が、そう答えると、
「そういうことか」
と、納得した顔で山上さんはそう言った。
「それ、買うのか?」
山上さんは、さっき同時に手を出した参考書を指差してそう聞いてきた。
「正直、探していたモノなので欲しいですけれども、山上さんが必要ならどうぞ」
山上さんは確か高校三年と言っていたから、俺よりその参考書の必要度は考えるまでもなく上だろう。
「別に、必要って訳じゃない。 ただ、勉強を教えている奴の志望大学関連の参考書だったから、どんな感じのものが出るのか見たかったんだ」
そう言って、山上さんは棚から参考書を引きぬくと俺に差し出した。
「……真宮、確かお前高二って言ってたよな? 大学受験の勉強にはまだ早くないか?」
不思議そうな顔をして山上さんがそう聞いてきたので、
「あぁ、えっと、俺、バイトではなく本格的にモデルの仕事していると以前言ったと思いますが、モデルしながら大学も行きたいんです。 だけど、学校は芸能科でとてもじゃないけど志望の大学に入るために勉強時間が足りないし、仕事があるから塾にも通えないんで」
参考書を受け取りながら俺は、そう答えた。
「うわ……、真面目な奴」
肩を軽く竦めながらそう言った山上さんに対して、
「よく、友人にそう言われます」
苦笑しながら俺はそう切り返した。
「あ、そうだ。 山上さん、この辺に詳しいですか?」
 山上さんの着ている制服はこの街にある高校のモノだ。
 もしかして、沙織の校外授業先の保育園の場所を知っているかもしれないかと思ってそう聞いてみると、
「そう聞いてくると、思った。 彼女の校外授業先の保育園の名前分かるか?」
お見通しだったらしく、俺が言う前にそう聞いてきた。
山上さんに、保育園の名前を言うと山上さんの肩が一瞬ビクッとした。
「……知ってる。 帰り道の途中にある保育園だ」
返答にも少し間があって気になったけれど触れない方がいい気がしてスルーする。
「じゃ、保育園まで一緒していいですか?」
俺がそう聞くと、
「ああ、かまわない」
山上さんは、同行を了承してくれた。
 話が纏まると、俺は急いで参考書を購入して、本屋の外で待っていた山上さんと合流して一緒に歩き出した。


 山上さんは、ちょっと鋭い感じがするけれど男の俺から見ても整った顔立ちをしている。
 身長は、俺とは頭一つ分低いけれど、高校男児の標準身長からすれば高い方だ。
 初めて会った時もなにげにちゃんと自身に合った結構ハイセンスの服装をしていた。
 立ち姿も歩き方も悪くない。もう少し身長があれば、モデルが出来るほど。
 俺がそんなことをぼんやり考えながら歩いていると、
「なあ、真宮。 お前のモデル名ってもしかして『Ryo』?」
突然そう山上さんが言った。
 声こそ出さなかったけれど、表情に一瞬出てしまったのだろう、俺のその表情読み取ったように山上さんは「当たりか」といって納得したように一瞬表情を緩めた。

うわぁ、山上さんってどんだけ観察力鋭いんだよ

 感服する。
「……、どうして分かりました? 眼鏡をかけている限り今まで誰も俺が『それ』と分かる人はいなかったのに」
どこで、俺が『Ryo』だと気付いたのか興味がわいてそう聞いてみると、
「さっきまでいたあの本屋で、参考書スペースでお前と並んで立った時だ。 お前の横顔で分かった。 眼鏡していても横に立って間近で横顔見れば、多分目ざとい奴は気づくと思う。 まぁ、俺も、参考書スペースに行く前に偶然見たメンズファッション誌の表紙を見ていなければ気づかなかっただろうな」
肩をすくめながらそう、山上さんは答えてくれた。
 う、横から見るとばれる可能性があるのか。これから、注意しよう。
 山上さんの観察力に感謝だ。
「山上さんも、メンズファッション雑誌見るですね」
 ちょっと意外な気がして、山上さんにそう聞いてみた。 
「ああ、立ち読み程度はたまにするから。 あ、それと、これから俺を呼ぶ時は、『深夜』でいい。 俺も涼雄と呼ばせてもらうから。 いいだろ?」
突然の提案に、一瞬返事をするのが遅れた。
「……・え? あ、はい! じゃ、俺これから山上さんのこと『深夜さん』って呼ばせてもらいます」
名前で呼んでいいということは、それなりに心を許してくれたと思っていいのだろうか?
「別に『さん』付けじゃなく、呼び捨てでも構わないけど?」
なんとなく、さっきまで感じていた『壁』みたいな隔たりがなくなっているような気がした。
「ああ、えっと。 仕事柄、常に目上に対して敬称つけるのはもう癖に近いんです」
「そうか」
 その会話の後、それからしばらく会話はなく、けれど気まずい雰囲気と言う訳でもなく並んで目的地へ向かって黙々と歩く。
 歩いている間に、日が暮れかけてきた。
 そろそろ街灯が自動で点く時間になる頃、目的地に着いた。
 沙織は、なぜか深夜さんの彼女さん確か『山下柚子葉』さんと小さな男の子と一緒に保育園の前に立っていた。
 俺の姿を見つけたのか、遠目でもわかるほど満面の笑みを浮かべて沙織が俺の名前を呼んだ。
 と、同時にまるでシンクロしているかのように絶妙なタイミングで山下さんも深夜さんの名前を呼んだ。
 それが可笑しかったのか沙織達は顔を見合わせて笑っていた。
 俺と深夜さんも思わず顔を見合わせてしまった。

「涼君迎えに来てくれてありがとう! 柚子葉さんの彼氏さんとは何処で会ったの?」
俺の大好きな笑顔をうかべて俺に礼を言った後、不思議そうな顔をして沙織はそう聞いてきた。
「今日は、一日お疲れ。 深夜さんと駅前の本屋で偶然会ったんだ。 少し、話しているうちにこの保育園の場所を知っていて帰り道に在るって言っていたから同行させてもらったんだ」
 子供相手と言うのは意外に気を貼るし体力勝負だから今日はさぞ疲れただろうと思い、沙織にそう労いの言葉をかけてからいきさつを説明した。
「そう言えば、何で深夜さんの彼女さんと保育園の門前に一緒に居たんだ?」
ふと、思った疑問を口にすると、
「あのね、秀太君が実は、柚子葉さんの弟さんだったの!」
俺のその疑問に、沙織はちょっと興奮気味にそう答えた。
 何故、沙織が山下さんと一緒にいたのかはうすうす検討は付いていたので沙織のその答えを聞いて「ああ、やっぱりそう言うことか」と思った。
  一通り沙織に説明を終えて深夜さん達に視線を戻した。
 深夜さんは、秀太君を抱き上げて、こっちに視線を向けてきた。
 と、そのとき、山下さんが秀太君に、秀太君の持っていたぬいぐるみの名前を聞くと、秀太君は「しんやくん」と元気に答えた。
 その時の深夜さんの驚いた顔を見て失礼ながらも思わず吹き出してしまった。
「深夜さん、ナイスリアクション」
 ついつい言ってしまった、一言に深夜さんに少し睨まれてしまった。
 ちょっと、恥ずかしそうに頬を赤くした顔で睨まれても怖くも何ともない。
 その後の深夜さんと秀太君の会話している姿が、なんだか父親と息子に見えた。

 和やかだった、会話が終わり別れの時間が来る。
 俺と沙織は、自分の街まで電車で帰らなければならないので、深夜さん達とは逆方向。
 ここでお別れだ。
 沙織は、表情に出さないように一生懸命だったが、とても名残惜しそうにしているのが手に取るようにわかった。
 深夜さん達が、角を曲がるまで沙織はその場から動こうとしなかった。
 秀太君が振り返って手を振るたびに振りかえしている。
 やがて、深夜さん達の姿が完全に見えなくなった。
「沙織、帰ろうか」
そう言って、俺は沙織を促した。
 沙織は、短く返事をすると彼女から俺の手を握って来た。
 俺は、その手を握り返して駅に向かうべく歩き出した。
「また、会える機会はいくらでもあるだろ。 少なくとも後数回は校外授業で会えるはずだ」
沈みがちな沙織にそう言って気持ちを浮上させる。
「それと、沙織。 今日、秀太君とどんなことをしたか帰りながら教えてくれ」
そう聞くと、沙織も気持ちが浮上したのか普段の俺が大好きな笑顔で了承してくれた。


 確かに、沙織はあと何回か校外授業の一環で深夜さん達というより山下さんの弟さんと会う機会が在る。
 けれど、コレをきっかけに俺と沙織が校外授業以外で彼らとこれから先何度も時間を共有することになるとはこの時夢にも思わなかった。

修正:2009/09/25

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写真素材:ミントBlue
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