- A coincidence-
『 偶 然 』 沙 織 side


  私の通う高校の選択授業に、家庭科と道徳(?)とボランティアを足して2で割ったような授業がある。
 学園を中心に広範囲に点在する、保育園の園児か老人ホームの一人とマンツーマンで交流を持つというモノ。
 どちらかを選択した後にその相手と手紙から初めて直接会って接するという内容。
 私は、中学の3年間知り合いの児童養護院で小さい子と接していた経験があったので保育園を選んだ。
 残念なことに、友人の希有ちゃんも保育園を選択したのだけれども私と違う保育園の園児がパートナーになった為、一緒にということは出来なかった。
「こればかりは仕方ないね」と希有ちゃんは、残念そうにそう言った。
 私の相手になったのは、『秀太』君と言う男の子。
 手紙から始めるのは相手をよく知る為で、保育園側としても手紙を通じて園児が文字(ひらがな)を書く練習にもなるので定期的に交わす手紙の数は多い。 
 秀太君は、一番初めに交わした手紙内容から頻繁に綴られていることから推測すると『お姉ちゃん』が大好きな優しいいい子って印象を受けた。
 たまに、保育園で描いた絵とか折り紙とか同封されていて、思わず頬が緩んだ。
 手紙は、定期回数以外にも届き、それは直接会う直前まで続き、私は秀太君に会えるのがとても楽しみになっていた。

 学校の期末学力テストも終わり、後は夏季休暇を数日後に控えた今日、待ちに待った『秀太』君と初めて会える日。
 家庭科の授業で、秀太君にと作った手作りのプレゼントを携えて、現地集合との事だったので集合時間に間に合う様に地図を片手に秀太君のいる保育園に電車を乗り継いでやって来た。
 若干遅れてきた人もいたけれどこの保育園にパートナーがいる他の人と保育園前で合流して園内に入る。
 とても雰囲気の良い保育園だった。清潔感が溢れていて、花壇には色とりどりの花が植えられ緑も多い。
 園児と対面する前に、この保育園の園長先生に挨拶をしたのだけれど、とても若い女性だったのでちょっと驚いた。
 その方から、一日のスケジュールを聞いた後、注意事項を聞いて必要ならメモをとる。
 万が一、園児との交流中トラブルが発生した時に素早く対処できるようにするためにしっかりと聞いておく。
 先生方の更衣室を借りて各自動きやすいようにジャージに着替えたあと、園長先生に連れられて、秀太君のいる年長さんクラスへ移動する。
 この校外授業は、この保育園全員が対象ではなく、人数の関係で秀太君の居る年長さんクラスだけが対称。実際、全園児に一人となるとかなりの人数になってしまうし、年少さんや年中さんはやはり小さいので私たちには手に余る部分が多々あるということで年長さんだけが対象になったらしい。
 年長さんの教室に入ると行儀よくみんな小さな椅子に座って待っていた。
 興味シンシンな瞳で、見つめてくる姿はどの子もとても可愛く自然と笑顔になってしまう。
 私達が、一人づつ自己紹介をするとそのたびパートナーの子が立ちあがり対面を果たして交流が始まる。
 私の番になり一歩前に出て自己紹介をすると、とても可愛い男の子が元気よく立ちあがり駆けよって来てくれた。待ちに待った、秀太君との対面。思った通りの優しそうな子だ。
 真黒な艶のある短い髪に、真黒な澄んだ大きな瞳を嬉しそうに輝かせて私を下から見上げていた。
「おねえちゃん、はじめまして! ぼく、『やましたしゅうた』です」
 はきはきした声で、しっかりと自己紹介をしてくれた。
「はじめまして、秀太君。 私は、絹瀬沙織です。 今日はよろしくね」
 そう言うと「うん!」と嬉しそうに返事をしてくれた。
「はい、秀太君。 これは、お手紙を沢山くれた御礼だよ」
 そう言って私は、持っていたベイビーブルーの不燃布で出来た袋に包まれたプレセントを手渡した。
「あけていい?」と、遠慮がちに秀太君が聞いてきたので「あけていいよ」と笑顔で答えた。
 いそいそと袋を開ける秀太君。
 実は、秀太君にと作ったのは、園児用の半袖のスモックと子供用抱き枕大の大きさのパステルブルーのフェイクファーで作ったテディベア。
 スモックは秀太君の好きなヒーローキャラ(文通時に知ることができたのだけれども自作するには自信がなくて既製品のアップリケを使用)のアップリケを縫いつけたものなのでまだしも、テディベアは男の子にはどうだろうかと散々悩んでしまったのだけれども、どうしてもコレを贈りたくて作ってしまったモノだった。
 私は、秀太君の反応が気になって少しドキドキした。
 袋からひょっこりいう表現が似会う感じで取り出されたテディとそれに続いて出てきたスモックを見て一瞬秀太君は驚いた顔をした。
「これ『ナイトレッド』だ!」とスモックのアップリケをみて嬉しそうに目を輝かせた。
「きてもいい?」と、言われたので笑顔で頷くと、いそいそとスモックを着始めた。
 サイズは、秀太君の年齢の標準サイズよりちょっと大きめに作ったのきつくはない様だった。
 まずはそれにホッとする。
 スモックを着る為に床に置かれたもうひとつの贈りものテディを私は手に取りスモックを着終えた秀太君の目線に合わせてテディを持ち上げて、
「あのね、秀太君。 この子には、名前もなくてお友達がいないの。 秀太君が名前を付けてお友達になってくれないかな?」
そう言うと、
「なまえがないの? ぼくがつけていいの?」
そう首を傾げながらそう聞き返してきたので、
「うん、この子も秀太君に名前を付けてもらってお友達になりたいんだって」
と、返事をかえすと、
「うん、いいよ! ぼくがなまえをつけてあげておともだちになってあげる!」
笑顔でそう言ってくれた。秀太君のその言葉を聞いて私はほっとした。
 そのあと、秀太君は形のよい眉毛を寄せてちょっと考えた末、
「このこのなまえ『しんや』くん!」
 と、そう嬉しそうにその名前をいった。
 一瞬私の脳裏に、兄の顔が浮かんだ。なぜならば、兄の名前が『シンヤ』だから。
 偶然か、多分偶然だと思うけれど少しびっくりした。
 その名前が気に入ったのか、秀太君は「きょうからなまえは『しんや』くんだよ」とテディに話しかけていた。
「『しんや』くんか、言い名前だね。 それでは、『しんや』くんとずっと一緒にお友達で居られるようにおまじないをしようか?」
 私は、そう言って小型の黒い油性ペンとピンク色のフェルトで作ったハート形の袋と同型大のハートのカードをジャージのポケットから取り出した。
「秀太君はひらがなかけるかな? こっち側に秀太君の名前、で、とこっち側には『しんや』くんの名前を書いて欲しいのだけどな」
 カードをひっくり返しながら、そう秀太君に解りやすいように説明する。
 文通していたので、秀太君が平仮名を書けることは知っていたけれど、あえてそう聞くと「うん、ぼくかけるよ!」と、目を輝かせて誇らしげにそう答えてくれた。
 秀太君は、ハートのカードの表に年相応の可愛らしい字で『しんや』と一所懸命にかいたあと、私がお願いした通りに裏面に『やましたしゅうた』と書いてくれた。
 秀太君の書いたカードを受け取ってハート形のフェルトの袋にしまうと、テディの背中を止めていた安全ピンを外しそこからそのハートをテディを抱いたときに当たらないような場所の綿の中に沈め、携帯裁縫セットを取り出して背中を縫い合わせた。
 その作業をじっと見つめていた秀太君が「さおりおねえちゃん、すごいね!」ときらきらした好奇心旺盛な瞳で私の手元を見ていた。
「はい、これでおまじないは完了。 秀太君『しんや』くんと仲良くしてあげてね!」
そういって、テディを秀太君に手渡すと、手触りがよかったのか「うん!」と元気よく返事をしてギュッと抱きしめた後、頬ずりしてくれた。
 こうして、初対面の交流が終わりそのあとは一緒にお遊戯をしたり唄を歌ったりお昼を食べたりと行動を共にする。
 お昼寝の時間、秀太君が私の贈った『しんや』くんテディを抱っこして寝てくれたのを見た時はうれしくて、園児達がお昼寝の間に今日の校外授業のレポートを書いていたのだけれどもその時ずっと頬が緩みっぱなしだった。
 お昼寝の後はおやつを一緒に食べて、各自の保護者が迎えに来るまで一緒に居ることになっているので、外の遊具で遊んだり室内で絵本を読んだりして迎えが来る時間まで秀太君と一緒に過ごした。
 この頃になると、秀太君のことが実の弟の様に思えて内心ちょっと離れがたくなっていた。
 この先、今日みたいに校外授業の一環として秀太君と数回会う機会はある。
 けれど、次までは少し間が在るのでちょっと淋しい気がした。
 そうこうしているうちに楽しい時間は過ぎるもので秀太君のお迎えが来たと、園長先生自らが秀太君を呼びに来た。
 何となくお見送りをしたくて、秀太君と園長先生と一緒にお迎えがいる出口へむかった。
 迎えに来ていたのは秀太君の手紙によく書かれていた秀太君の大好きな『お姉ちゃん』だった。
 肩までの長さの髪は艶やかでとても奇麗な黒髪をしていて、ぱっちりした瞳が印象的な優しそうな人。
 外見はとても落ち着いた感じで見たことのある高校の制服を着ていることから同じ高校生だと思うけれど学年は多分上だと思う。
「あれ?」と思った。
「何処かで会ったことがある」と、思うと同時に以前もこんな思考に陥ったことが在る様な既視感。
 秀太君のお姉さんは、園長先生と親しげに言葉を交わしたあと、私の方に視線をうつしてにっこり笑って「今日は一日秀太の相手をしてくれてありがとうございます」とそう御礼を言った。
 私は、あわてて「こちらこそ、とても楽しい一日でした」とそういってお辞儀を返した。
「そういえば、秀太その着ているスモックとぬいぐるみはどうしたの?」
 秀太君のお姉さんは、秀太君が着ているスモックとぬいぐるみに気づいてそう秀太君に聞いていた。
「さおりおねえちゃんにもらったの! こっちは、『しんや』くんでぼくのともだち!」
そういって、しんやくんテディを掲げて嬉しそうにお姉さんに見せていた。
「そっか、よかったね秀太」
そう言ってお姉さんは、一瞬驚いた顔をしたのだけれども直ぐに優しい笑顔を向けながら秀太君の頭をなでていた。
 と、そのときふと秀太君のお姉さんの袖のボタンが取れかかっているのが目に入ってしまった。
 一瞬言おうか言わまいか迷った末、
「あの、その、秀太君のお姉さんの制服の袖のボタン取れかかっています。 お急ぎでなければ付けなおしましょうか?」
そう、聞いてみた。本当の所それは口実で、実はもうすこしだけ秀太君といたかったのが本音。
 だめもとでそう聞いてみると少し考えたあと「すみません、おねがいしします」と言ってくれた。
 私は、(多分喜色満面な)笑顔で「はい!」と返事をした。
 そのあと、園長先生の好意で先生の待機室の隅にある、応接間をかりて秀太君のお姉さん(名前は『柚子葉』さん)の袖のボタンを付けながら、秀太君と柚子葉さんと私の3人でいろんなことをお話しした。
 柚子葉さんは、高校三年生で私より2つ年上。
 それと、『柚子葉』さんという名前とスクール鞄に付けられた赤いフェイクファのミニテディを見て思い出した。以前、私が困っているところを助けてくれたカップルの彼女さん。
 「なんで、あの時のこと忘れてたんだろう?」と、思うほど今は鮮明に思い出せるているのに。
 柚子葉さんの方も、たった一度の短い時間ちょっとお話した程度だったから私のことちょっと思い出せなかったみたいだったけれどテディベアのことを言ったら思い出してくれたみたいだった。
 他愛のない話の中で、秀太君がテディに付けた名前は、実は柚子葉さんの彼氏さんの名前だと判明したのもこの時だった。たしか、彼氏さん名前『深夜』さんといってたっけ。身近にいる兄の名前のインパクトが強かったし、忘れかけていたので聞いた時は、ああ、そう言えばそうだったと納得した。
 ボタンを付け終わった後も話題が弾んだ。
 けれど、楽しい時間は早いものでそうこうしているうちに二人が帰る時間になってしまった。
 私も、秀太君のお迎えが来た時点で、今日の校外授業は終了となり直接自宅に帰っていいことになっているので私は秀太君と手を繋いで柚子葉さんと一緒に保育園の門まで出た。
 丁度そのとき、帰りの駅に続く道から涼君が歩いてくる姿を見つけてたので私は彼に向って声をかけた。と、同時に、柚子葉さんも涼君の隣を歩いていた柚子葉さんと同じ高校の制服を着た人に向かって声をかけた。
 声をかけるタイミングが寸分たがわず同時だったので私も柚子葉さんも「え?」と言う感じで思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
 それは、涼君達も同じだったようで私達とおなじように顔を見合わせていた。
 涼君と一緒に歩いてきたのは、柚子葉さんの彼氏さんの『深夜』さんだった。
 なんだか今日は怖いくらいに偶然が重なっている。
 柚子葉さんの彼氏さんである『深夜』さんは、背丈は高校男子の平均身長位で、茶髪のちょっときつい顔立ちをしている。外見の容姿からして不良と見えるけれど、私にはとても真面目で優しい人という感じの印象を受けた。
 なぜならば、柚子葉さんや秀太君を見る時の表情がはとても穏やかで優しかったから。
 それを見てとても柚子葉さんのことも秀太君のことも大事に思っているんだなとそれだけで伝わったから。
 そう思ったのは、その表情がなんとなく私を見る時の涼君の表情と同じだったからかもしれないけれど。
 保育園前で、少しお話をした後、秀太君達は私たちの帰り道とは別の方向へ歩き出していった。
 秀太君は何度も振り返って手を振ってくれていたので、私は秀太君達が角を曲がってその姿が見えなくなるまでその場でずっと手を振っていた。


 この校外授業がきっかけでこの先ずっと、秀太君を中心に柚子葉さんと深夜さんともっと懇意になって行くなんてこのとき思いもしなかった。


修正:2009/09/25

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