- A coincidence-
『 偶 然 』 深 夜 side


 帰りのHRのチャイムが鳴り響き、担任の先生が教室を出て行く。
 本当なら俺も彼女である柚子と共に柚子の弟の秀太を迎えに行くはずだった……
 俺の後ろの席に座っている柚子が立ち上がったので俺は柚子に話しかけた。

「もう帰る?」
「うん。 深夜は何かあるの?」
「あ〜、勉強教える約束してんだよなぁ。 悪い、俺もう少し残るわ」
「分かった」
「家に帰ったら電話するから」

 柚子が頷いて教室を出て行くのを見て、俺は立ち上がりクラスメイトのところへ向かった。
 そう、俺は勉強をクラスメイトに教える約束をしていた。
 学力期末テストの結果が返ってきて、あまり点数の良くなかった生徒に頼まれたのだ。

「で、何を教えてほしいんだ?」
「悪いな。 数学なんだけど……」

 それから数時間俺はその生徒の横に座って勉強を教えた。
 結局その生徒だけでなく他にも数人の生徒に教えるハメになった……
 一段落した所で、他の生徒はまだ教室に残って勉強を続けるということなので俺は一人で教室を出た。
 校門を出たところで先ほど勉強を教えた生徒が呟いた言葉を思い出した。

『俺、大学受かるかなぁ……』

 それは恐らく俺達受験生にとって誰もが思うことだろう。俺は何度もいろんな生徒から聞いている。
 だけど、そいつ自身にとっては大事なことだとも思う。
 俺は少し考えた。そいつが受けようとしている大学の問題を見たことがないのでアドバイスの仕様がなかった。
 気休め程度に『受かる』とはいえるがそんなことは言いたくなかった。たまには、寄り道するのもいいかと思って俺は本屋へ向かった。
 駅前の本屋へ入った俺は参考書スペースに向かおうと思った。が、その途中でファッション雑誌のラックがあったので立ち止まる。
 ちょっと気になる記事があったので俺は一冊の雑誌を手にとってパラパラと眺める。
 見終わった雑誌を閉じ、ふと何気なく表紙を見た。
 そこにはモデルが写っている。それは当然といえば当然だろう。だが、俺はそのモデルから目が離せなかった。
 何か気になったからだ。けど、何故気になったのかは分からない。とりあえず俺は雑誌をラックに戻して当初の目的である参考書スペースに向かった。
 参考書スペースには俺と同じように学生服を着ている人がたくさんいる。だが、それは特に不思議ではなかったので俺は目的の大学の参考書を探し始めた。
 そして、目的の参考書を見つけ俺が手を伸ばすと俺の横から同じように参考書に手を伸ばした奴がいた。
 俺が横を見ると向こうも同じように俺を見ていた。
 向こうは俺の顔を見るなり、「あれ?」と声を出し俺に話しかけてきた。

「山上さん?」
「……真宮?」

 そうだ、どこかで見かけた顔だなと思ったが以前街で会った真宮だ。
 真宮の彼女である絹瀬を助けたときに少し話す機会があったので少し思い出すのに時間がかかってしまった。
 だが、それだけではない。真宮の顔がさっき見たモデルの顔に見えたのだ。横顔がそっくりだから恐らく間違いないだろう。

「あの時は、本当にありがとうございました」

 俺が考え事をしていると真宮が突然お礼を言ってきた。『あの時』と言っているので恐らく絹瀬を助けたことを言っているのだろう。
 そんなにお礼を言われても逆に困ってしまう。

「もういいって。 それにしても奇遇だな、おまえの家ってこの近くなのか?」
「いえ、家は、ここから2駅前の榎木町です。 今日、彼女が学校の校外授業の一環でこの街にある保育園に来ていて帰りが遅くなるようなので迎えに来たんです。 そこの駅が待ち合わせ場所で」
「そういうことか」

 真宮はこの辺に住んでるのかと思ったがどうやら違うらしい。
 今まで会ったことがないのでちょっと不思議に思っていたがこれで納得できる。
 ふと、本屋に来た当初の目的を思い出した俺は真宮に話しかけた。

「それ、買うのか?」
「正直、探していたモノなので欲しいですけれども、山上さんが必要ならどうぞ」

 俺が目的の参考書を指差すと真宮は譲ろうとしてくれた。
 だけど、俺は元々この参考書を買おうと思っていたわけではなく問題のレベルを知りたかっただけで正直立ち読みをしようと思っていただけだ。

「別に、必要って訳じゃない。 ただ、勉強を教えている奴の志望大学関連の参考書だったから、どんな感じのものが出るのか見たかったんだ」

 俺は目的の参考書を引き抜き迷うことなく真宮に差し出す。
 俺が買うよりも真宮が買ったほうがきっといいはずだ。だが、俺の中で一つ疑問が浮かんだ。

「……真宮、確かお前高二って言ってたよな? 大学受験の勉強にはまだ早くないか?」

 そう、確か真宮は俺よりも一個下のはずだ。
 高二で受験勉強する奴もいることはいるだろう。だが、それは休みも勉強などをして上の大学を狙うような奴だろう。
 正直俺は真宮がそんなに勉強をする奴には見えなかった。休みの日も勉強をするような奴には、な。
 休みがあればどちらかというと絹瀬とどこかに遊びに行くような感じに見えたから俺は疑問に思ったのだ。

「あぁ、えっと、俺、バイトではなく本格的にモデルの仕事していると以前言ったと思いますが、モデルしながら大学も行きたいんです。 だけど、学校は芸能科でとてもじゃないけど志望の大学に入るために勉強時間が足りないし、仕事があるから塾にも通えないんで」

 俺は正直感心してしまった。
 高二なのにちゃんと将来のことを考え行動に移している真宮を、だ。俺と同じ高三でもこれだけちゃんと考えている奴はそういないはずだ。

「うわ……、真面目な奴」
「よく、友人にそう言われます」

 俺が肩を軽く竦めながら、でも褒め言葉としてそう言った。けど、真宮は褒め言葉としては受け取っていないようだ。
 『褒めている』と伝えようとも思ったが、別に伝える必要もないかと思って伝えなかった。
 参考書を受け取りながら真宮が俺の服装を見ているのに気づいた。
 恐らく絹瀬の保育園の場所を聞きだそうとしているのだろう。

「あ、そうだ。 山上さん、この辺に詳しいですか?」
「そう聞いてくると、思った。 彼女の校外授業先の保育園の名前分かるか?」

 俺の予想通りの質問が真宮の口から出てきた。
 この駅の周辺には保育園はいくつかある。とりあえず保育園の名称が分からないと話しにならない。
 だが、真宮から聞いた保育園を名前を聞いて俺は少し驚いてしまった。

「……知ってる。 帰り道の途中にある保育園だ」

何故数ある保育園の中からその保育園なんだよ…
 ちょっと戸惑ってしまい返答に間があった。

「じゃ、保育園まで一緒していいですか?」

 だけど、真宮はそこには触れなかった。それは気づかなかったのではなく真宮の気遣いだと俺はすぐに分かった。
俺は気を取り直して真宮の問いに答える。

「ああ、かまわない」

 俺がそういうと真宮は参考書を購入してくるとレジに向かっていった。
 俺は先に本屋を出て入り口で真宮を待つ。すると、参考書を購入した真宮が出てきたので二人揃って保育園へと歩き出した。
 保育園の道を歩きながら俺は横に立っている真宮を盗み見る。
 身長は俺よりも頭一つは抜き出ているので恐らく190はあるだろう。その長身にあわせて顔もやはりファッションモデルをしているだけあって整っている。
 またこれがモデル体型と呼ばれるものなのか、体型もしっかりしている。
 自分よりも高い位置にある真宮の顔を見ると何か考え事をしているようだ。
 先ほど分かったことを聞いてみるかと思って俺は真宮に話しかけた。

「なあ、真宮。 お前のモデル名ってもしかして『Ryo』?」

 真宮の顔が変わったのを俺は見逃さなかった。声には出さなかったが恐らく当たっているのだろう。
 『顔は口ほどに物を言う』とはこのことかと思うほど、俺にははっきりと分かった。

「当たりか」
「……、どうして分かりました? 眼鏡をかけている限り今まで誰も俺が『それ』と分かる人はいなかったのに」

俺がその事実が分かったのがそんなに意外だったのだろうか……
 とりあえず分かった理由を真宮に告げる。

「さっきまでいたあの本屋で、参考書スペースでお前と並んで立った時だ。 お前の横顔で分かった。 眼鏡していても横に立って間近で横顔見れば、多分目ざとい奴は気づくと思う。 まぁ、俺も、参考書スペースに行く前に偶然見たメンズファッション誌の表紙を見ていなければ気づかなかっただろうな」

 本当に偶然あのファッション雑誌を見ていなければ気づかなかっただろう。
 今までモデルには興味なかったが何故か今日だけは目に止まったのもまた偶然だった。

「山上さんも、メンズファッション雑誌見るんですね」

 真宮は意外そうに俺に聞いてきた。

「ああ、立ち読みだけどな。 あ、それと、これから俺を呼ぶ時は、『深夜』でいい。 俺も涼雄と呼ばせてもらうから。 いいだろ?」

 なんか真宮に『山上さん』と言われるのが変に感じてきた。だから、『深夜』と下の名前で呼ばせたくなった。
 それに俺は真宮のことが気に入っている。真宮の考え方と俺の考え方が少し似ているのも理由の一つかもしれない。

「……・え? あ、はい! じゃ、俺これから山上さんのこと『深夜さん』って呼ばせてもらいます」

 真宮、…涼雄は俺の提案がよっぽど意外だったのだろうか返事が少し遅れた。

「別に『さん』付けじゃなく、呼び捨てでも構わないけど?」
「ああ、えっと。 仕事柄、常に目上に対して敬称つけるのはもう癖に近いんです」
「そうか」

 俺がからかうように言うと涼雄から真面目な返答が返ってきた。
 だが、それも予想通りの返答だった。それだけ涼雄の行動が分かるようになっていた。
 今日で会うのが二度目なのに何故だろう…、不思議な感じがする。
 それから涼雄とは会話がなかったが、気まずい雰囲気というわけではなかった。
 日も暮れかけ、保育園の前に付くと柚子と秀太、それに何故か絹瀬が一緒に保育園の門の前に立っていた。
 柚子が俺に気づいたのか俺の名前を呼び、絹瀬も同じタイミングで涼雄の名前を呼ぶ。
 柚子と絹瀬が顔を見合わせて笑い出したのを見て俺と涼雄も顔を見合わせる。
 俺と涼雄は二人に近づいてお互いの彼女に声をかけた。

「丁度タイミングが良かったみたいだな」
「そうみたいだね。 深夜は真宮君とどうして一緒に歩いてたの?」
「駅前の本屋で偶然会った。 そっちは? どうして絹瀬がここにいるんだ?」
「沙織ちゃんの学校は校外授業があるんだって。 それがこの保育園であったみたいで、今日一日秀太の面倒を見てくれたみたい」

 まさか、絹瀬が秀太の担当になっているとは思わなかった。
こんなに偶然が続くとちょっと怖くなってくる……

「そういうことか。 で、柚子が持っているそのぬいぐるみは?」
「沙織ちゃんが作ってくれたんだって。 ねぇ、秀太?」
「うん! このふくもつくってくれたんだよ!」
「そうか。 秀太、カッコいいぞ。 ナイトレッドだな?」
「うん!」

 秀太が嬉しそうに笑うので秀太を抱きかかえる。
 丁度涼雄と絹瀬の話も一段落したのかこちらを向く。

「絹瀬、ありがとうな。 秀太にスモックとぬいぐるみ作ってくれて」
「とんでもないです。 秀太君が喜んでくれてよかったです」

 絹瀬にスモックとぬいぐるみのお礼を言うと絹瀬は笑顔になった。
 そんな絹瀬を見ながら柚子は秀太に話しかける。

「ねぇ、秀太」
「なに?」
「このぬいぐるみの名前って何だっけ?」
「『しんや』くん!」
「は!?」

……今なんて言った。俺の聞き間違いじゃなければ『しんや』と聞こえた気がする……
 ぬいぐるみに同じ名前をつけられたのだろうか。俺が驚きの声を出すと柚子達は噴出している。
 涼雄は笑いながら俺に話しかけてきた。

「深夜さん、ナイスリアクション」
「うるせぇ。 秀太、『しんや』くんってお前が決めたのか?」
「うん! いいでしょ?」
「あぁ、良かったな。 ちゃんと大事にするんだぞ?」
「うん!」

 秀太が嬉しそうに笑うのでもうどうでもよくなった。
 秀太が喜んでくれればいいか。
 とりあえず時間も遅いし、これ以上ここで話してても涼雄達が帰るのが遅くなるだけだ。
 俺は秀太を降ろして涼雄に話しかける。

「確か、涼雄は家まで電車に乗らないと行けないんだったよな?」
「ええ。 なので、深夜さん達とは逆方向です」
「そうか。 なら、気をつけてな」
「はい。 深夜さん達も気をつけて!」
「柚子、秀太。 帰ろう」

 俺は柚子と秀太を促して歩き出した。
 秀太と絹瀬の顔はとても名残惜しそうに見えた。けど、このままここでずっと話すわけにもいかない。
 秀太は何度も何度も絹瀬に手を振り替えし、絹瀬もその度に秀太に手を振り替えしくれる。
 『あの彼氏あってあの彼女あり』、だな。二人とも本当にいい奴だと俺は思った。
 曲がり角を曲がり、完全に涼雄達の姿が見えなくなると柚子が秀太に話しかけた。

「秀太。 また沙織ちゃんにも会えるでしょ?」
「……うん」
「それまで『しんや』くんとナイトレッドを大事にしようね?」
「うん!」


 俺はこのとき知らなかった。
 絹瀬の校外授業がこの日だけではないことを……
 そして、これから涼雄達との関係があんなに深くなるとは……

修正:2009/09/25

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