- The intersecting world -
『 春先の迷子 』


 それは本当に偶然だった

 この春から高校に進学して通い始めた私。
 まだ、入学して間もなかったので色んな専科や選択授業の説明会などでその日は早く学校が終わった。
 なので、いつもは寄り道せずに自宅に帰るのだけれでも、丁度切らしていた『しつけ用の糸』を学校のある街の駅から自分の家が在る街の駅過ぎて2つ目の街の駅あるなじみの手芸屋さんへどうしても買いに行きたかったため、その場所に居合わせた。
 その男の子は、きょろきょろとあたりを見回していた。
 こんな時間に一人で居るような年齢の子ではないのは一目瞭然で、迷子かなと初めは思った。
 目には涙を浮かべているけれど必死にこらえているように見えた。
 その表情は、何処か切羽詰まって痛ましげに見えた。

どうしたのかな?

 私の他に周りに少なからず大人の人がいたのだけれども誰も男の子に見向きもせず足早に去っていく。
 私には到底無視が出来なく、とても気になってその男の子に近づいた。
「僕、どうしたの? 迷子?」
目線を合わせるべくしゃがみこんでその男の子になるべく優しい声を出して聞くと、
「お、ねちゃ、のがっこ……どこ?」
 しゃっくり上げながらそういった。
 どうやら『おねえちゃん』の学校を探しているようだ。
 残念ながら、私にはこの男の子のお姉ちゃんの通う学校が何処だか見当がつかない。
 とりあえず、男の子に根気よくニ・三質問してみる。
 すると、断片的に男の子のお姉ちゃんが通う学校らしき名前を男の子が思いだして呟いた。
 その学校は、確か去年まだ中三の時に一度だけ学校見学に行ったことが在る高校だったのでここから、そう遠くないところにある。連れて行ってあげることは可能だ。
 けれど私は迷った。
 男の子を一通り調べてみたけれど、迷子用の札など付けていなく直接身内の方に連絡するのは不可能で、本来なら迷子は最寄りの派出所なり警察に連れて行って保護してもらい親御さんに連絡を取ってもらうのが筋というのが一番いいというのは解っていた。
 でも、今この男の子が望んでいるのは『おねえちゃん』に会うことで、多分、外見年齢から保育園か幼稚園に通っている位の子だから時間的にそこから抜け出してきたんだと思う。
 こんな時間に保護者もなく幼い子供が一人で歩いているのは不自然だから。
 何らかの事情が在って、泣いてまでもがんばって一人でこんな所まで『おねえちゃん』を探しに来たのだ。
 ここから、子供の足でも行ける距離だけれども、結構交通量の多い道を少し歩くのでこんな小さな子を一人で歩かせる訳にはいかない。私は決断した。
「じゃ、お姉ちゃんが、僕の『おねえちゃん』の学校までつれていってあげる!」
 そう言って、私は、男の子の手を元気づけるようにしっかり握ってあげた。
「ほんと?」
 瞳に涙をためて、男の子は聞いてきた。
「うん! まかせて!!」
 と自信まんまんに、答える。
 こういうときは、これ以上この子に不安に思わせるような言動はいけないと思ってそう言った。
 こうして、私は迷子の男の子と歩き始めた。
 男の子のおねえちゃんが通う学校に向かう道すがら会話は一切しなかった。
 男の子が懸命に涙をこらえていたから、話しかけづらい状況だった。
 なので男の子の名前も聞けず、自分の自己紹介も出来なかった。
 暫く歩いていると、目当ての高校が見えた時だった。
「おねえちゃんとおなじようふくだ!」
 校内を歩くこの高校の生徒を目ざとく見つけた男の子がそう言って、私の手を振り払って一直線に学校の中へ入っていってしまった。止める暇もなかった。
 他校生である私が、流石に校内に入るのは躊躇われた。
 どうしようかと思っていると、遠目にこの学校の用務員さんらしき人が男の子をみつけて話しかけていた。それをみて私は、ホッと胸をなでおろした。
 ひとまずこれで一安心だろうと、私が出来るのはここまでだろうと思って、そこから家に帰る為に駅に向かって歩き始めた。

これが、私と秀太君との初めての出会い。

 けれでも、私自身が色々あってこの時のことはすっかり忘れていた。
 思いがけず私は秀太君と再会するのだけれども、その時、秀太君は私のことを覚えていなかったらしく、私も記憶が薄れていてぼんやりと覚えている程度で顔は全く思い出せていなかったから、校外授業で会った時が初対面と思っていた。
 けれど、何回か会ううちにあの時の男の子が秀太君だったと思い至る。
 今の秀太君には、あの時の切羽詰まったような痛ましげな表情は顔に無い。
 あるのは、お日様の様な子供独特の可愛らしい笑顔。
 
うん、その方がいいね

 私は、校外授業の時に記念に撮った写真の中で笑う秀太君を見つめてそう呟いた。


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写真素材:ミントBlue
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