- The intersecting world -
『 出会い 』


 今日は日曜日。
 深夜と柚子葉は二人で買い物に来ていた。
 特に目的があるわけではないが、受験勉強の息抜きとして買い物に来たのだ。
 二人でウィンドウショッピングを楽しんでいると柚子葉が突然立ち止まった。
 深夜が振り返ると柚子葉はある方向に視線を向けている。

「柚子? どうかした?」

 深夜は柚子葉の隣まで戻って柚子葉が向いている方に目を向けると、深夜達よりも年下であろう一人の女性、いや女の子と言った方が正しいのかもしれない。それぐらい小さい女の子の周りを数人の男達が囲んでいる。
 周りの人はみな見て見ぬ振りをしてその場を通り過ぎている。
 深夜は柚子葉とその女性の間を何度か視線を行き来させるとひとつため息をついて柚子葉に話しかける。

「……分かったよ。 ちょっと行ってくる」
「え?」
「気になるんだろ? このまま放っとくわけにもいかないだろうし」

 それだけ言うと深夜はその女の子のほうに足を進める。深夜の後ろを柚子葉も着いてくる。
 二人が女の子達に近づくと気づいた女の子が深夜に目を向けた。周りを囲んでいた男達も深夜の足音に気づいたのか振り返って今度は深夜のほうを睨んできた。

「なんだよ、お前」
「あ? 通りすがりだよ。 お前らこそそんな子供相手に何やってんだよ」
「テメェに関係ないだろうが。 どっか行ってろ」
「悪いけど気になってどっか行く気にはならねぇんだよ。 これ以上その子に何か文句があるなら俺が相手になってやるよ」
「いい度胸じゃねぇか……」

 そういって今度は深夜の周りを男達が囲む。深夜は柚子葉を下がらせると目の前の男を睨む。
 深夜の睨みを受けた男はビクッと怯えた。そして、深夜が一歩足を進めるとその男が後ずさる。

「さて……まだやるか?」
「チッ、行くぞ」

 深夜が再度男達に尋ねると男達はすぐに去っていった。
 男達の背中を見ていた深夜は一つため息をついて女の子に話しかける。

「大丈夫か?」
「あの……、どうもありがとうございます。 えっと、どうして助けてくれたんですか? 普通なら無視する人の方が多いのに……」
「あぁ、俺の彼女が気になったみたいで」

 深夜が言うと柚子葉が深夜の隣に立って心配そうな顔をして女の子に話しかけた。

「大丈夫だった? どうしてあんなことになったの?」
「私が、さっきの人達の一人とぶつかってしまって、ちゃんと謝ったんですけど……」
「絡まれた、と」

 柚子葉の質問に女の子が答える。そして、深夜の言葉に女の子が頷いた。
 深夜はもう一つため息をついて女の子に話しかけた。

「お前、親はどこにいるんだ?」
「え? 親ですか? 多分、仕事に行っていると……」
「は? 小学生が一人で何やってたんだよ?」
「あっ、あの、私これでも一応高校一年なんですけれども……」
「「え?」」

 深夜の問いに女の子から予想外の返答が返ってきた。深夜と柚子葉は驚いてまた女の子に目を向ける。
 高校一年には到底見えない……。深夜が小学生と間違えてもおかしくはないほど彼女は幼かった。柚子葉もてっきり小学生かと思っていたのだ。
 深夜達の驚き方に彼女は慣れているのだろう、苦笑いを浮かべる。
 驚きから立ち直った深夜と柚子葉は申し訳なさそうに口を開く。

「悪い。 俺子供扱いしてた」
「私も。 ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい。 背も低くくてこんな容姿ですから、慣れてます。 ほとんど例外なく誰でも皆そういう反応しますから」
「それでもいい気分じゃないだろ? 本当に悪い」
「本当に大丈夫ですよ? それよりも、えっと、私こそ、デートのお邪魔してしまったみたいでごめんなさい!」
「ううん、気にしないで。 えっと…名前は?」

 彼女が謝ってきたので柚子葉は手を横に振る。そして、少し戸惑いながら彼女に尋ねる。

「私は、絹瀬沙織と言います」
「俺は山上深夜。 高三だ」
「私山下柚子葉。 深夜と同じ高校三年生なの。 沙織ちゃんはここで何してたの?」
「ここで人と待ち合わせをしていて、ちょっと遅れるからと、さっき連絡があって……」
「そっか。 ……なら、俺らもここでもう少しゆっくりしていくか?」
「うん、そうだね」

 深夜が沙織の言葉を聞くと、少し考えた後柚子葉に顔を向ける。
 柚子葉も当然というかのように笑顔で頷いた。逆に、沙織は意味が分からないのだろう首を傾げている。
 深夜は沙織を見ながら自分の後ろを親指で指差す。
 沙織がそちらを向くと先ほどここから去っていた男達の一人が建物の傍に隠れているつもりなのだろう、こちらを伺っている。
 沙織は男から深夜に視線を戻して深夜に尋ねた。

「あそこに居る人ってさっきの?」
「ま、あのまま帰るわけにも行かないんだろうな。 そういうことで絹瀬を一人残して行く訳にもいかないって事」
「山下さんは、こうなることを分かってたんですか?」
「え? ううん、そこまでは。 ただ、深夜が沙織ちゃんを心配してここに残るって言ったのは分かったよ」
「あの、えっと、ありがとうございます。 色々、すみません」
「別にいいって。 特に目的があってここに来たわけじゃないから」

 そういって深夜は沙織の隣にしゃがみ込む。
 柚子葉と沙織は立ったまま和やかに話をしている。どうやら沙織も家事が得意なようで家事の話などをしているようだ。
『家庭地味てる……』と自分も人のことを言えないが、深夜は苦笑いを浮かべる。
 話しの途中で沙織が深夜と柚子葉の顔を見ながら何か思い出すような仕草をしたので柚子葉が声をかけた。

「沙織ちゃん? どうかした?」
「あ、その……山上さんと山下さんの顔どこかで見たような気がするんですけれども、それが何処でだったのか思い出せなくて……」
「え? 会ったことある? 深夜、覚えてる?」
「いや……俺は覚えてない。 気のせいじゃないのか?」
「……そうですね。 私の思い違いかも知れません。 すいません、変な事言って」
「別にいいけど……」

 深夜が沙織から視線を外し前を向くと、ふとこちらのほうに走ってくる男が見えた。
 先ほどの男達かと思って深夜が立ち上がると男は深夜のことが目に入っていないのかすぐに沙織の名前を呼んだ。

「沙織! ごめん、結構待っただろ?」
「涼君! ううん、そんなことないよ? それよりも、お仕事終わったの?」
「うん。 ……えっと、沙織、こちらの人達は?」
「あっ、あのね、実は……」

 沙織は涼雄にさっきの出来事を伝えた。
 男達にからまれたこと、深夜に助けてもらったこと、男達が近くにいるのでデートを中断してまで沙織と一緒にいてくれたこと。
 全てを聞いた涼雄は深夜と柚子葉に向き直って頭を下げた。

「沙織の危ない所を助けてくれてありがとうございます。 それに、色々迷惑かけたみたいですみません」
「ううん、気にしないで。 私達がそうしたかっただけだから。 ね、深夜?」
「あぁ。 えっと……あんた名前は?」
「あ、名前も名乗らずにすいません。 俺は、真宮涼雄。 高校二年です」
「絹瀬から聞いたと思うけど、俺は山上深夜。 こっちは彼女の山下柚子葉。 二人とも高校三年だ」
「よろしく、真宮君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「二人はどういう関係なの?」
「付き合ってるんだろ?」

 柚子葉の言葉に沙織や、涼雄ではなく深夜が答えた。
 深夜の返答に柚子葉だけでなく、沙織や涼雄までが驚いた顔をしている。

「すごいな、どうして分かったんですか?」
「なにが?」
「俺と沙織が付き合ってるってことです。 初見でほとんどの人が兄妹と間違えるんです。 見て分かるように、この身長差ですから」
「真宮の顔見たら分かるだろ。 あれだけ必死で絹瀬を心配するってことは大体関係が絞られる。 それこそ兄妹とか、恋人とか、な。 で、さっき二人とも下の名前で呼んでた。 絹瀬は君付けだったけど兄貴をあんな嬉しそうな顔で呼ばないと思って付き合ってるんだと思っただけ」
「山上さんって、凄い観察力しているんですね」
「そんなことないって」
「ねぇ、沙織ちゃん達はいつから付き合ってるの?」

 柚子葉と沙織が話し始め、深夜はその隣で二人の会話を聞いている。
 涼雄はそこで初めて落ち着いて深夜と柚子葉の顔を見比べた。
 そして、あることに気づいた。それは知り合いのカメラマンから聞いた話だ。

『今時の高校生にしては珍しくとても親切にしてくれた子達』

 確かにこれだけだと当てはまる人達は多すぎる気がする。
 だが、涼雄は自分の記憶からあるイメージを思い出す。間違いかもしれない、けどこのままモヤモヤして別れるよりも聞いたほうがいい。
 涼雄は沙織と話している柚子葉、それと隣に立っている深夜に視線を向けた。

「じゃあ、私達行くね」
「はい、本当にありがとうございました」
「いいって。 真宮が来たからもう大丈夫だろ。 じゃあな」
「あ、あの……」

 深夜と柚子葉が歩き出そうとすると涼雄が二人を呼び止める。
 深夜は振り返って涼雄に視線を向ける。涼雄は何か言いにくそうにしていたが深夜が先を促すと意を決したかのように話しだした。

「あの……二人って狩生さんに写真を撮られませんでした?」
「かりう…? 深夜、知ってる?」
「…いや、始めて聞いた名前だ。 真宮、そいつ誰?」
「すみません、人違いだったみたいですね。 てっきりお二人かと思ったんですけど……。 狩生さんて方はプロのカメラマンで、賞を取った写真の被写体の二人にとても親切に道を教えてもらったって言ってたんです。 狩生さんの入選した写真を見て似ていると思ったのもそうなんですが、狩生さんが話していた方達と雰囲気が似ていたのでもしかしてと思って……」
「…あ! 分かった!」

 深夜は涼雄の言葉を聞いて分かったのか、声を上げた。
 柚子葉は深夜に顔を向ける。

「深夜、思い出したの?」
「あぁ。 真宮の話し聞いて分かった。 ほら、ちょっと前に柚子が道教えてた人いただろ?」
「あ! あの人?」
「だろうな。 名前聞いてなかったから分からなかったけど、話を聞く限りだとあの人だと思う」
「狩生さん、名前教えてなかったんだ……。 あ、でも、常識的に単に通りすがりに道を聞いただけの間柄では名乗りあう訳がないですし、狩生さんを知ってますかなんて聞いても分からないはずですね」
「その人って俺らの写真で賞取った人だろ?」
「そうです。 以前仕事の後でその写真について話す機会があったんで。 そのときに、お二人がいまどき珍しほど親切な人たちだったって、なんだか嬉しそうに言っていたんです」
「へぇ〜。 で、真宮は高校生なのに何の仕事をしてるんだ?」
「…え?」

 深夜の言葉に涼雄は少し間を開けて答えた。
 そんな涼雄を目にしながら深夜はさらに言葉を続ける。

「さっき絹瀬が言ってただろ? 『仕事は終わったの?』って。 それに、今お前からもその狩生っていう人と『仕事で話す機会があった』って聞いた。 俺はある人からその狩生って人が有名な人っていうのは聞いてる。 その人と仕事で会うっていうのはそこらのバイトじゃ無理なはずだ。だから、どんな仕事なのか気になっただけ」

 それから数秒その場に沈黙が流れた。
 涼雄はなんて言おうか迷ってしまった。別に言っても構わないことは構わない。かといって『モデル』という仕事柄いろいろと規則もある。
 数秒迷って涼雄が口を開いた。

「……俺、モデルの仕事をしてるんです」
「モデル?」
「はい。 ちゃんとした事務所に所属している本格的なファッションモデルの仕事をしているんです」
「そうなのか。 だったら、カメラマンの人と知り合いでもおかしくはないか。 あ、そうだ。 今度その狩生さんに会ったら伝えてほしいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「『きれいな写真ありがとうございます。 部屋に飾らせてもらってます』って。 まさか、コンテストに応募してるとは思わなくてちょっと驚いたけど。 な?」
「そうだね。 知ったときにはもう特別賞を取ってたもんね」
「え? もしかして、狩生さんお二人に許可取っていなかったんですか?」
「あぁ。 まぁ、俺らにとっても嬉しいことだったから別にいいけど」
「そっか、だから私も山上さんたちに見覚えがあったんですね。 私も涼君に教えてもらってその入賞写真を見たことがあったんです」
「それだったら話が通じるな。 直接会ったわけじゃないから俺と柚子が絹瀬のことを知らなくても仕方無いし。 さて、そろそろ俺らは行きますか。 真宮達もなにか予定あるだろうし」
「そうだね。 じゃあね、沙織ちゃん、真宮君」
「あっ、ちょっとだけまってください。 あの、もしよろしけれはこんなモノで申し訳ないのですけれども、もらっていただけませんか? 今日、その、色々お世話になったお礼に」

 沙織はそういって持っていたカバンからあるものを取り出した。
 深夜と柚子葉は沙織から受け取ったものを自分の目線まで持ち上げる。

「これって……」
「テディベア?」

 深夜の手には青色の、柚子葉の手には赤色のフェイクファーで出来たキーホルダーの付いている小さなテディベアが乗せられている。
 どうやら二つでワンペアとなるようで、着せられている洋服の背中にアルファベットの断片がペインティングされていて合わせると一つの短い英語の文章になるようになっている。
 柚子葉はテディベアを手に乗せたまま沙織に話しかけた。

「これもらっていいの?」
「はい! 私が手作りしたもので恐縮なのですが、良かったらもらってください!」
「え? これ手作りなの?」
「へぇ〜、器用だな。 店で売っててもおかしくないぐらい出来いいじゃん。 趣味のレベルではないぞ、これ」

 深夜の言うとおり、沙織から渡されたテディべアの出来はかなりいい。
 それこそ店で売ってるよりもいいものかもしれない。
 深夜と柚子葉の言葉に沙織は照れているのか恥ずかしそうな顔をしている。涼雄はそんな沙織をとても穏やかな顔で見守っている。

「サンキュ。 これ大切にする」
「ありがとう、沙織ちゃん。 あ、これカバンにつけていい?」

 柚子葉が沙織に聞くと、沙織は嬉しそうに頷いた。
 それを見て柚子葉は自分が持っていたカバンにつける。深夜もその横で『学校のカバンにでもつけるかなぁ』と呟いているのが聞こえた。
 カバンにつけたテディベアを柚子葉は嬉しそうに見詰め、沙織に視線を向けた。

「本当にありがとう。 これ無くさないようにするね」
「はい。 えっと、本当に色々助けて頂いてありがとうございました!」
「もういいって。 柚子、行こう」
「うん」

 深夜は柚子葉を促して歩き出した。
 柚子葉も頷いて最後に沙織と涼雄に手を振って歩き出した。
 少し歩いた後、深夜は立ち止まって涼雄と沙織のほうを振り返った。
 柚子葉も深夜の隣に立って二人の後姿を見ている。
 涼雄と沙織は手を繋いでどこかへ歩いていた。それを見ながら深夜が柚子葉に話しかける。

「あの二人……お似合いだな」
「うん。 真宮君は沙織ちゃんのことを本当に大切に思ってるって見てて分かった」
「それに絹瀬のほうも真宮のことが本当に好きなんだろうな。 真宮の姿を見るとすっげぇ嬉しそうな顔してたし」
「これ大切にしないと……」

 柚子葉はカバンにつけたテディベアを手で触りながら深夜に呟いた。
 深夜は笑顔で柚子葉のテディベアにもらったテディベアをくっつける。

「こいつらは二つで一つだから、俺も大切にするさ。 さ、そろそろ行こう。 秀太に何かお土産を買っていかないと」
「そうだね」

 深夜と柚子葉は手を繋いで街の中に消えていく。


 深夜と柚子葉、それに沙織と涼雄。
 二組のカップルが同じ街の違う方向へ向け歩いている。
 だが、誰も知らない。
 その道の先がそう遠くない未来にまた交わることを。
 これで終わりではなく、これが4人の関係の始まりだということを……



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