- A coincidence-
『 偶 然 』 柚子葉 side


 学校の期末学力テストも終わって、生徒のほとんどはもう夏に向けて予定を立てているようだ。
 だけど、私達は今年は受験生。予備校に通う生徒、学校で予定される夏期講習に出る生徒もいる。
 私はというと、ほとんどは家で勉強をする予定だ。私一人ということではなく、深夜と一緒に勉強をしようと思っている。
 深夜も最初からそのつもりだったらしく、夏期講習には何も申し込んでないらしい。いや、実際は参加する必要がないのかもしれない……
私がカバンを持って立ち上がると前の席に座っている深夜が振り返って声をかけてきた。

「もう帰る?」
「うん。 深夜は何かあるの?」
「あ〜、勉強教える約束してんだよなぁ。 悪い、俺もう少し残るわ」
「分かった」
「家に帰ったら電話するから」

 深夜の言葉に私は頷いた。
 今日のお母さんの仕事は夜勤。いつも通り私はこれから秀太を迎えに行って、それから家に帰る予定だ。
 深夜が『家に帰ったら電話する』と言ったので、それまでは自分の家で秀太と遊ぼうと決めた。
 私は深夜に手を振って、そして教室から出るときにクラスメイトに声をかけて秀太を迎えに保育園に向かう。
 今まで何度通ったか分からない、保育園までの道のりを歩き保育園の門が見えると忍さんが立っているのが見えた。
 忍さんも私に気づいたのか手を振ってきたので私も小さく手を振って答える。

「柚子葉ちゃん、おかえり。 深夜はまだ学校?」
「はい。 友達に勉強を教えるそうです」
「あの子がねぇ……。 あ、ごめんね。 すぐ秀太君呼んでくるから」
「お願いします」

 忍さんが保育園に入っていったので、私も数歩保育園の中を歩く。
 そこで、いつもとは違う景色があった。知らない人が園児の面倒を見ているのだ。
 最初は新しい保育士さんかとも思ったが、それにしては若い気がする。
 みんな私と同じような年のひとばかりだ。
 私が考えていると忍さんが秀太を連れてこちらに歩いてきてるのが分かった。だが、そのほかにももう一人女の子がいる。
『何故ここに小学生が……』と思った。
 彼女は、髪は肩ほどまであり、とてもかわいい顔をしている。それでも身長は私よりもかなり低いと思う。
 それだけ、彼女は幼く見えた。だが、よくよく見ていると私とは違う高校のジャージを着ていた。
 ふと、私は以前にもこんなことがあった気がした。それに、私は彼女をどこかで見た覚えがあった。
 だがどこで会ったのかが分からない。どこだっただろう……
 私が考えていると忍さんが私に声をかけてきた。

「柚子葉ちゃん? どうかしたの?」
「あ、いえ。 なんでもないです。 忍さん、こちらは?」
「そうそう。 実はね、彼女の高校では授業の一環として校外授業があるんですって。 それぞれいろんなところに行って仕事を体験するみたいで、こちらは今日一日秀太君の面倒を見てくれた高校生なの。 秀太君の見送りまでしたいんですって」
「そうなんですか」

 私は彼女に視線を移す。近くで見ると、とてもかわいい顔をしているのが分かる。
 顔が勝手に綻ぶのが自分でも分かった。

「今日は一日秀太の相手をしてくれてありがとうございます」
「こちらこそ、とても楽しい一日でした」

 私がお辞儀をして御礼を言うと彼女は慌ててお辞儀を返してくれた。
 その仕草一つ一つがかわいい。私には弟の秀太しかいないけど、妹がいたらこんな感じなのなかぁと思ってしまった。
 彼女の近くに立っている秀太に目を移す。さっきから気になっていたが、秀太は朝までは着ていなかったスモックを着て、秀太が持つには少し大きいかと思うぬいぐるみを持っていた。

「そういえば、秀太その着ているスモックとぬいぐるみはどうしたの?」
「さおりおねえちゃんにもらったの! こっちは、『しんや』くんでぼくのともだち!」

 私が聞くと秀太はとても嬉しそうに私に教えてくれた。
 秀太の面倒を見てくれた彼女の名前は『さおり』というそうだ。そして、秀太が大事そうに抱えているぬいぐるみの名前は『しんや』というそうだ。
 その名前に私は驚いてしまった。まさかぬいぐるみに『しんや』とつけるとは…。だが、それだけ秀太はこのぬいぐるみが嬉しいのだろう、笑顔でぬいぐるみを抱いている。
 そんな秀太の顔を見ていると私の顔にも笑顔が浮かんでくる。

「そっか、よかったね秀太」

 私は秀太の頭を撫でた。秀太も嬉しそうに私に笑みを向けてきた。
 『さて、帰ろうか』と思っているとさおりさんが私に声をかけた。

「あの、その、秀太君のお姉さんの制服の袖のボタン取れかかっています。 お急ぎでなければ付けなおしましょうか?」

 私は、さおりさんの言葉を聞いて自分の制服を見直した。
 確かにさおりさんの言うとおり取れかかっている。どうしようかと少し考え、私は答えを出した。

「すみません。 おねがいします」
「はい!」

 私が答えるとさおりさんはとても嬉しそうに答えた。
 私とさおりさんのやりとりを見ていた忍さんが少し考えている仕草をしていた。
 そして、笑顔で私とさおりさんに話しかけてきた。

「なら、応接間を使って良いわよ。 特に使う予定もないから」
「すいません」

 私とさおりさんはそういって秀太を連れて応接間に入った。
 さおりさんと私と秀太は、さおりさんが私の制服のボタンを付けながらいろいろな話をした。
 秀太の好きなテレビアニメの話から、私とさおりさんが家事が好きだということで家事の話、それにさおりさんが裁縫が得意ということで手芸の話などとても楽しい時間を過ごした。
 さおりさんは私よりも二つ年下の高校一年生ということも分かった。
 話の途中でさおりさんが私のカバンに付いている赤いフェイクファのミニテディを見て何かに気づいたようだ。
 それは私にとって、とても予想外のことだった。

「あの……それって」
「え? これ? 人からもらったの。 ……あれ? さおりさんってもしかして」
「はい。 あの時はありがとうございました」
「やっぱり沙織ちゃんだったんだ。 最初会ったとき初対面のような気がしなかったのはそのせいだったんだ」
「私もです。 柚子葉さんをどこかで見たような気がしたのは私の気のせいじゃなかったんですね」

 私とさおりさん、いや沙織ちゃんはお互い会ったときにどこかで会った覚えがあったようだ。
 沙織ちゃんは私がカバンに付けていたテディベアを見て思い出したようだ。私も、沙織ちゃんに言われて初めて思い出した。
 ふと隣を見ると秀太が嬉しそうに『しんや』という名前のテディベアと嬉しそうに遊んでいた。
 先ほどから気になっていたことを秀太に聞いてみた。

「ねぇ、秀太」
「なに?」
「その名前って『しんや』だったよね?」
「うん! しんやおにいちゃんのなまえといっしょだね!」
「やっぱり……」

 やはり秀太がテディベアにつけた名前は深夜からとったようだ。
 この話を深夜にしたらなんと言うだろうか…。どんな顔をするか少し楽しみだ。
 沙織ちゃんがボタンを付け終わった後も話しは絶える事がなかった。
 それだけ私は沙織ちゃんのことが好きになっていた。本当に一つ一つの仕草がとてもかわいらしく、秀太と話すときもとても熱心に秀太の話を聞いてくれている。
 けど、楽しい時間も終わりが来た。そろそろ帰らないと深夜も家に帰っているだろうし、夕飯の支度もしないといけない。
 私が帰るということを沙織ちゃんに告げると沙織ちゃんも一緒に保育園を出ることになった。
 私と沙織ちゃんの間に秀太が入って三人手を繋いで保育園を出る。『しんや』くんは私の手の中だ。
 保育園を出ると前から深夜が歩いてきてるのが見えた。
 私が深夜に声をかけると同時に沙織ちゃんも、深夜の隣に立っている人に声をかけた。
 声をかけるタイミングが寸分たがわず同時だったので私と沙織ちゃんは「え?」と言う感じで思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
 深夜達も一緒のようで、二人は顔を見合わせている。沙織ちゃんが声をかけたので深夜の隣に立っているのが真宮君だということに気づいた。
 深夜と真宮君は私達のところまで来てお互いの彼女に話しかけた。

「丁度タイミングが良かったみたいだな」
「そうみたいだね。 深夜は真宮君とどうして一緒に歩いてたの?」
「駅前の本屋で偶然会った。 そっちは? どうして絹瀬がここにいるんだ?」
「沙織ちゃんの学校は校外授業があるんだって。 それがこの保育園であったみたいで、今日一日秀太の面倒を見てくれたみたい」
「そういうことか。 で、柚子が持っているそのぬいぐるみは?」
「沙織ちゃんが作ってくれたんだって。 ねぇ、秀太?」
「うん! このふくもつくってくれたんだよ!」
「そうか。 秀太、カッコいいぞ。 ナイトレッドだな?」
「うん!」

 深夜はそういって秀太を抱きかかえた。
 隣で話していた真宮君と沙織ちゃんの話しも一段落したようでこちらを向きなおした。

「絹瀬、ありがとうな。 秀太にスモックとぬいぐるみ作ってくれて」
「とんでもないです。 秀太君が喜んでくれてよかったです」
「ねぇ、秀太」
「なに?」
「このぬいぐるみの名前って何だっけ?」
「『しんや』くん!」
「は!?」

 私の質問に秀太は元気よく答え、深夜は驚いた声を出した。
 それを見ていた私と沙織ちゃん、それに真宮君は噴出してしまった。

「深夜さん、ナイスリアクション」
「うるせぇ。 秀太、『しんや』くんってお前が決めたのか?」
「うん! いいでしょ?」
「あぁ、良かったな。 ちゃんと大事にするんだぞ?」
「うん!」

 そういうと深夜は秀太を降ろして真宮君に話しかけた。

「確か、涼雄は家まで電車に乗らないと行けないんだったよな?」
「ええ。 なので、深夜さん達とは逆方向です」
「そうか。 なら、気をつけてな」
「はい。 深夜さん達も気をつけて!」
「柚子、秀太。 帰ろう」

 深夜はそういって私と秀太を促して歩き出した。
 秀太は名残惜しいのか、何度も何度も沙織ちゃんに手を振っていた。
 最初に来る角を曲がるまで秀太が振り返って沙織ちゃんに手を振るので沙織ちゃんも何度も秀太に手を振ってくれていた。
 角を曲がって沙織ちゃんの姿が見えなくなると秀太が寂しそうな顔をしたので私は声をかけた。

「秀太。 また沙織ちゃんにも会えるでしょ?」
「……うん」
「それまで『しんや』くんとナイトレッドを大事にしようね?」
「うん!」


 このとき私は知らなかった。
 この一日をきっかけに、この先ずっと秀太を中心にして沙織ちゃん達ともっと懇意になっていくことになるとは…



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